第六天榊神社

○第六天榊神社 台東区蔵前1-4-3

<江戸名所図会>

 現在地に移転前の柳橋の場所で描かれています。

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「江戸名所百人美女 第六天神」(豊国・国久 安政5(1859)年)

 腕守りを着けた柳橋の芸者が描かれています。こま絵に「第六天神」が描かれています。

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<鳥越山>

 第六天榊神社は、鳥越神社、熱田神社とともに鳥越三所明神として人々から信仰されてきました。鳥越山山頂に鳥越大明神、末社として森田町に榊神社(第六天)、三味線堀に熱田神社が祀られていました。
 幕府の市街地整備・米蔵・矢の蔵の土工のため、鳥越山は崩され埋め立てに使用されました。榊神社は堀田原へ(昭和3年に浅草文庫跡の東京高等工業学校の跡地であった現当地へ遷座)、熱田神社は三谷(山谷)に移され、鳥越に住んでいた弾左衛門たちは吉野橋付近に代地を与えられ、その地を新鳥越町とし「新町」と呼びました。一方鳥越は元鳥越と称されました。
 鳥越明神も他に遷されそうになりましたが、神主が幕府に請願し元地に残りました。


<鳥居/参道>

 社号標は「榊神社」です。

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<西参道鳥居/狛犬>

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<拝殿/本殿>

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<御輿庫>

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<境内社>

 境内に「繁昌稲荷社」、「七福稲荷神社」「事比羅神社・豊受神社」があります。

 「繁昌稲荷社」

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 「七福稲荷神社」「事比羅神社・豊受神社」

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<大鳳石>

 井戸の裏に力石があります。「三ノ宮卯之助大鳳石」です。明治2(1869)年銘です。

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<奉献石碑>

 力石の奥に、穴が開いており、「奉献」と刻まれた石碑があります。詳細不明。

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<浅草文庫跡>

 同名で別の浅草文庫が江戸時代にありましたが、こちらは明治の官立図書館です。
 蔵書には三条実美の筆跡と伝える「浅草文庫」の朱印が押されていますが、碑銘の「浅草文庫」も、三条実美の筆跡のようです。

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(説明板)
「浅草文庫跡碑
   台東区蔵前一丁目四番三号 榊神社
 浅草文庫は、明治七年(一八七四)七月に創設された官立の図書館である。翌八年に開館し、公私の閲覧に供した。当時の和・漢・洋の蔵書数は十一万余冊とも十三万余冊ともいわれている。現在、その蔵書は、国立公文書館内閣文庫や国立国会図書館、東京国立博物館などに所蔵され、太政大臣三条実美の筆蹟と伝える「浅草文庫」の朱印が押されている。
 明治十四年五月に閉鎖。跡地は翌十五年に設立の東京職工学校(旧東京高等工業学校、現東京工業大学)の敷地の一部となった。関東大震災後の大正十三年、当時の東京高等工業学校は目黒区大岡山に移転。
 昭和三年に現在地に移ってきた榊神社のあたりは、かつて、浅草文庫が位置していたところである。高さ約四メートルの碑は、この文教の旧地を記念して、昭和十五年十一月に建立された。
  平成十三年三月  台東区教育委員会」

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○蔵前工業學園之蹟

 玉垣の後ろに「蔵前工業學園之蹟」があります。

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(説明板)
「蔵前工業学園の蹟  台東区蔵前一丁目四番三号 榊神社内
 本石碑は、当地にあった東京高等工業学校(現東京工業大学)を記念し、工業教育発祥の地として同窓会の蔵前工業会が建立したものである。
 当校は、工業指導者の養成を目的として、明治十四年五月東京職工学校として創設され、明治二十三年三月東京工業学校、明治三十四年東京高等工業学校と改称された。
 当校は、常に日本の工業教育の指導的地位にあり、また多くの留学生を教育するなど、科学技術の発展に貢献し、当校の出身者は「蔵前の出身」という愛称で重用された。
 しかし、大正十二年九月の関東大震災により、校舎、工場等が灰塵に帰したため、学校当局は、当地での再建を断念、目黒区大岡山に移転した。当地の敷地は、正門の位置に建てられている本石碑を中心に、隅田川に沿って面積四万三千平方メートルに及んでいた。
 側面に「昭和十八年三月吉日 社団法人蔵前工業会建立」裏面に「永田秀次郎選」の碑文が刻されている。
  平成十年三月  台東区教育委員会」

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<蔵前工業学園の蹟 碑文>

 「昭和六十一年十一月吉日」に「社団法人 蔵前工業会」が建てた説明板です。
 蔵前工業学園の蹟の裏面の碑文が記されています。

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