築土神社

○築土神社石碑 千代田区九段北1-13-5

 靖国通りと平行している中坂の坂下に「築土神社石碑」があります。
 築土神社の由来が石碑に刻まれています。

<飯田橋散歩路 築土神社>

「築土神社
 天慶三年(九四○)、関東平定の末、藤原秀郷らの手で討たれ京都で晒し首にされていた平将門公の首を首桶に納めて持ち去り、これを武蔵国豊島郡上平河村津久戸 (現・千代田区大手町周辺) の観音堂に祀って津久戸明神としたのがはじまりで、江戸城築城後の文明一○年(一四七八)には太田道灌が江戸城の乾 (北西) に当社社殿を造営。以来江戸城の鎮守神として厚く尊崇された。」

DSCN6688_2021082500202858e.jpg

DSCN6691_20210825002029e55.jpg

DSCN6689_20210825002030519.jpg
    

築土神社 千代田区九段北1-14-21

「江戸名所図会 築土八幡宮 同明神社」

 江戸名所図会には、当初鎮座していた地に、築土八幡宮と並んで明神社が描かれています。

tsukudomyoujin.jpg


<築土神社の変遷>

 天慶3(940)年、藤原秀郷らの手で討たれ京都で晒し首にされていた平将門公の首を首桶に納めて持ち去り、これを武蔵国豊島郡上平河村津久戸 (現・千代田区大手町周辺) の観音堂に祀って津久戸明神としたのがはじまりで、江戸城築城後の文明10(1478)年には太田道灌が江戸城の乾 (北西) に当社社殿を造営。以来江戸城の鎮守神として厚く尊崇されました。
 天文21(1552)年に田安郷に移転、天正17(1589)年に江戸城の拡張により牛込見附へ移転、元和2(1616)年には江戸城外堀拡張のため筑土八幡神社(現:新宿区筑土八幡町)の横に移転し、「築土明神」と改称。
 明治7(1874)年、平将門から主祭神がかわり「築土神社」と改称。戦災により全焼。昭和21(1946)年千代田区富士見に移転、昭和29(1954)年、現在地の世継稲荷境内地へ移転。現社殿は平成6(1994)年に建てらています。


<中坂の中腹に社号標>

DSCN6723_20210825003000461.jpg

DSCN6834_20210825003001b4f.jpg

DSCN6724_202108250030030d8.jpg

DSCN6765_20210825003004ebb.jpg


<千代田区 都市景観賞>

 ビルの屋上には剣がそびえています。

DSCN6692_202108250031528c1.jpg

DSCN6693_20210825003153096.jpg

DSCN6833_202108250031550df.jpg

DSCN6722_20210825003156917.jpg

DSCN6704_2021082500315834a.jpg

DSCN6694_2021082500315927d.jpg

DSCN6838_202108250032015e9.jpg

DSCN6721_202108250032027fe.jpg


<狛犬>

(説明板)
「狛犬
 千代田区指定文化財
 1996年(平成8年)4月1日指定
 1780年(安永9年)元飯田町の人たちによって奉納された狛犬で、年代が明らかなものとしては千代田区内で最古となります。元飯田町とは1697年(元禄10年)の火災後の町地整備ののちにできた町名で、現在の富士見一丁目及び九段北一丁目付近にあたります。
 社伝によれば築土神社は、940年(天慶3年)に武蔵国豊島郡上平川に祀られたのち、田安、牛込門内、牛込門外の筑土山と所在とを変えて、1954年(昭和29年)に現在の場所に戻ってきました。狛犬が奉納された1780年(安永9年)当時は、牛込門外の築土山(現在の新宿区筑土八幡町2番地)に神社が所在していた時期ですが、離れた場所にあってもなお、旧所在地の元飯田町の人々が厚く信仰していた様子がうかがえます。」

DSCN6696_20210825003441ae0.jpg

DSCN6695_20210825003442886.jpg

DSCN6697_20210825003444473.jpg

DSCN6719_20210825003445f76.jpg

DSCN6720_20210825003447668.jpg

DSCN6699_202108250036489c9.jpg


<手水舎>

DSCN6698_20210825003641943.jpg

<拝殿>
DSCN6701_20210825003643423.jpg

DSCN6702_20210825003644d13.jpg

DSCN6703_20210825003646702.jpg

DSCN6718_20210825003647345.jpg


<力石>

 拝殿右に力石2基祀られています。
 開設板によると、船の重しとして利用されたとあり、この説明は初めて見ました。

(説明板)
「力石
 千代田区指定文化財
 1989年(平成元年)4月1日指定
 力石は一定重量の円形または楕円形の石で、一般的には神社の境内や地域の集会を行う場所などにあって、若者たちが力試しに用いたと言われています。
 しかし築土神社の場合は、神社が日本橋掘留橋近くにあったことから江戸時代の交易や運搬手段として主流であった水運との関係が指摘されています。すなわち、この力石は船底に積んで船を安定させるための重しとして利用されたとみられます。」

DSCN6717_2021082500420957a.jpg

DSCN6716_202108250042104d1.jpg

DSCN6713_20210825004211ca6.jpg


<平将門の首桶>

 平将門の首桶は、戦災で焼失しています。
 「東京市史稿 市街篇第貳」(東京市 大正3)に、記録と写真が残っています。

kubioke1.jpg

kubioke2.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 江戸名所図会太田道灌平将門力石

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カウンター
プロフィール

ほっと湯Web

Author:ほっと湯Web

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
検索フォーム
リンク
カテゴリ
タグリスト

全記事タイトル表示

全ての記事を表示する

Japanese→English
English
♥. ♠. ♣Alice
QRコード
QR