護国寺 境内~観音堂(国重文)

護国寺 境内~観音堂

○銅燈籠

 参道の最後の石段を上がると、参道の両側に銅燈籠があります。

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・左燈籠
 台石に「九つ目紋」があります。
 「従五位下 本庄氏宗俊」の文字が読みとれます。
 元禄10(1697)年11月18日の寄進。
 本庄宗俊とは誰ですかね?桂昌院の弟である本庄宗資の次男で、元禄10年当時従五位下・安芸守だった本庄宗俊が、資俊に改名。後に父の家督を継いだ笠間藩主本庄資俊でした。  

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・右銅燈籠
 台石に葵の紋
 「甲州谷村城主
 従五位下但馬守藤原姓秋元氏喬朝」
 甲斐谷村藩主秋元喬知の寄進です。護国寺の普請奉行にも任じられています。

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○観音堂前参道左

<多宝塔>

 昭和13(1938)年4月の建立です。

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<茶道茶碗供養塔>

 多宝塔の裏手に「茶道茶碗供養塔」があります。
 左にもうひとつ石碑がありますが、柵があり近づけないので詳細不詳。

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<茶室>

 実業家・茶人の高橋箒庵(高橋義男)は、大正から昭和初期にかけて、護国寺の数々の茶室や建物を整備しました。9つの茶室のうち、その多くが境内の西側に集中しています。

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<仰木魯堂顕彰碑>

 高橋箒庵のもと護国寺の数々の茶寮や建物を手掛けた棟梁が、仰木魯堂です。
 仰木魯堂顕彰碑は、昭和3(1928)年11月に魯堂輩下の応宣会が建立しました。

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<仰木魯堂の墓>

 音羽講中庚申塔の西のほうにある埋経塚の西側に仰木魯堂の墓があります。
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<月光殿> 国指定重要文化財

 多宝塔の隣にあるのが「月光殿」ですが、裏手にあるので見えません。
 桂昌院の紋所である「九つ目紋」、徳川家の「三つ葉葵の紋」が見えます。

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○観音堂前参道右

<鐘楼(付梵鐘)> 文京区指定文化財

 説明板によると、梵鐘は天和2(1682)年に寄進されたもので、銘文には五代将軍綱吉の生母桂昌院による観音堂建立の事情が述べられているとのこと。
 梵鐘や銅像など、金属供出されずに、良く保存されていると思います。

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<除闇之碑>

 石燈籠見本の脇に建っています。亀趺に乗っている西園寺公望揮毫の「除闇之碑」です。亀趺は、牙がないし、耳もなく、造形は亀みたいです。

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<石灯籠見本>

 大正11(1922)年に実業家・茶人の高橋箒庵(高橋義雄)が寄進した石灯籠の見本です。

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<巨碑四基>

 巨碑が四基並んでいます。右から順に記載。

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<梔園小出翁碑>

 歌人小出粲の顕彰碑。山縣有朋の揮毫。明治42(1909)年2月の建立。

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<報国六烈士碑>

 日露戦争の6兵士の慰霊顕彰碑。明治41(1908)年5月に建立。

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<棋聖宗印之碑 奎堂顕>

 将棋の11世名人8代目伊藤宗印(最後の家元)の顕彰碑。昭和11(1936)年5月建立。
 題字は、清浦奎吾の揮毫です。

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<紀念碑>

 西南戦争で殉死した警察官の慰霊碑。明治13(1880)年の建立。

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○観音宝前銅燈籠と観音堂(本堂)

<観音宝前銅燈籠>

・左銅燈籠
 天和2(1682)年12月吉祥日の寄進。宗資や宗俊のほか複数の氏名が刻まれています。
 台石に「九つ目紋」。銅燈籠には「九つ目紋」があちこちにちりばめられています。

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・右銅燈籠
 「従五位下本庄因幡守藤原朝臣宗資」と刻まれています。貞享2(1685)年初夏吉祥日の寄進。
 本庄宗資は桂昌院の弟で、下野足利藩主・常陸国笠間藩主となっています。
 台石に「三つ葉葵の紋」。銅燈籠には「九つ目紋」があちこちにちりばめられています。

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 (参考)本庄宗資の墓について、法受寺の中で記載


<観音堂(本堂)> 国指定重要文化財

 元禄10(1697)年の造営。震災・戦災を耐えています。

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 本尊は桂昌院念持仏の天然琥珀観世音菩薩(絶対秘仏)です。御前立として木像の如意輪観世音菩薩像が安置されています(毎月18日に御開帳)。

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(参考)「文化財愛護火気厳禁ボード」

 重要文化財のそばに立っているHITACHIの火気厳禁と書かれたボード。日立製作所が、社会貢献の一環として全国の文化財を保護しようと、昭和42(1967)年に始め、いまも続いている活動で、全国の設置数は1008枚。

 文化財愛護シンボルマークは、昭和41(1966)年5月に文化庁が定めています。
 文化庁「文化財保護シンボルマーク

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○観音堂左手

<薬師堂> 文京区指定文化財

(説明板)
「 護国寺薬師堂
        文京区指定有形文化財(建造物)
            (昭和50年11月1日指定)
 薬師堂は、元禄4年(1961)の建立になる一切経堂を現在の位置に移築し、薬師堂として使用するようになったものである。
 大きな特徴は、柱間に花頭窓を据えていることなど、禅宗様建築の手法をとりいれていることである。
 小規模であるが、創建以後大きな改変もなく、元禄期の標準的な遺構として、価値ある建造物である。
  文京区教育委員会  平成26年12月」

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<閼伽井(あかい)>

 閼伽を汲むための井戸です。

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<象供養>

 大正15(1926)年4月15日、第1回象供養が護国寺で開かれました。
 4月15日は象供養の日に制定され、現在も像供養が行われています。
 燈籠と象供養碑があります。

「燈籠」
 表「東京象牙美術工芸協同組合
   創立十周年記念並に象供養九十周年記念之碑」
 横「昭和五十一年四月十五日建之」
 象牙供養90周年の式典は、平成28(2016)年に行われていて、東京象牙美術工芸協同組合は昭和42(1967)年に設立されています。10周年と90周年のつじつまがあわないような。。。

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「象供養 教海書」
 表面:「象供養 教海書」、その下に象が描かれています。
 裏面: 東京象牙美術工藝組合による昭和27(1952)年4月の建立です。

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<忠霊堂>

 日清戦争の戦没者の遺骨を埋葬する多宝塔の拝殿として、明治35(1902)年に建立。
 なお、忠霊堂の裏手にあった多宝塔は、平成8(1996)年に音羽陸軍埋葬地に移築されています。

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<忠魂塚紀念碑>

 忠霊堂の裏に「忠魂塚紀念碑」が建っています。
 碑文には、日清戦役の遺骨を護国寺内に小墳を設け樹を植え目印としたが、ほとんど顧みられなくなったため、大正15(1926)年5月に建碑したと記されています。

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tag : 亀趺桂昌院国重要文化財山縣有朋

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