平河天満宮

○平河天満宮 千代田区平河町1-7-5 HP

<太田道灌創建>

 太田道灌は菅原道真を祀る天満社を江戸平河城内に創建し(邸内社)し、屋敷の周りに梅を植え、この坂は梅林坂といわれています。
 坂上にあった天満社は、本丸修築の際、麹町へ移され、その地を平河町とし、平河天満宮と名付け、徳川家から特別な格式を与えられています。


<江戸三大天神>

 江戸三大天神とは、江戸時代における江戸の代表的な3つの天満宮の総称です。
 亀戸天神社は江戸の外であるため、代わりに五條天神を入れる場合もあります。
 ・湯島天満宮(東京都文京区)
 ・平河天満宮(東京都千代田区)
 ・亀戸天神社(東京都江東区)
 ・五條天神社(東京都台東区)

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 拝殿裏の参道にも立派な社号標があります。

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<御由緒>(平河天満宮HPより抜粋)

「御由緒
 江戸平河城城主太田道灌公が、ある日菅原道真公の夢を見ました。そして、その翌朝菅原道真公自筆の画像を贈られたこともあり、その夢を霊夢であると思い、文明十年(一四七八年)に城内の北へ自ら施主となり、天満宮を建立しました。(「梅花無尽蔵」による)
 その後も周囲に多くの梅の木を植え、やがてここを梅林坂と呼ぶようになり、今も皇居平川門内にその名が残っています。
 徳川家康公の江戸平河城入城後間もなく、築城のため本社を平川門外に奉遷しましたが、慶長十二年(一六○七年)二代将軍秀忠公に依り、貝塚(現在地)に奉遷されて、地名を本社にちなみ平河町と名付けられました。
 徳川幕府を始め紀州、尾張両徳川家、井伊家等の祈願所となり、新年の賀礼には、宮司は将軍に単独で拝謁できる格式の待遇を受けていました。
 また学問に心を寄せる人々は、古来より深く信仰し、名高い盲目の学者塙保己一や蘭学者高野長英等の逸話は、今日にも伝えられています。(以下略)」

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<銅鳥居>

 支柱銘文に、天保十五年(1844)十二月の銘。千代田区内最古の鳥居です。
 「西村和泉」家8代目当主よって作られた銅鳥居で、市谷亀ヶ岡八幡宮の銅鳥居は「西村和泉」家5代目当主の作です。
 左右の台座部分に四体づつ獅子の彫刻があります。

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(説明板)
「平河天満宮銅鳥居
千代田区指定文化財
1994年(平成6年)4月1日指定
 この銅鳥居は1844年(弘化元年)12月に、麹町周辺の人々により建設・奉納されたものです。柱木自体は石製で銅板が巻き付けられています。鳥居を制作したのは、神田鍛冶町に居住した鋳物師の西村和泉藤原政時です。左右の台座部分には、4体ずつ獅子の彫刻がのせてあるなど特徴があります。
 左右の柱木には丸く銅板が欠損し、内部の石が露出している部分があります。これは戦時中、空襲の際の機銃掃射によるものです。」

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 空襲の際の機銃掃射による弾痕が支柱にくっきりと残っています。

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<三殿宮>

 大鳥神社/塩神社/浅間神社の三社を祀っています。

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<常夜燈>(千代田区指定文化財)

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(説明板)
「常夜燈
千代田区指定文化財
2005年(平成17年)4月1日指定
 常夜燈は、本来左右一対の2基で存在したと思われますが、完形で現存するのは本殿から見て左側の1基のみです。平河天満宮が1945年(昭和20年)の空襲で被災したため、その際に右側は破損したと思われます。
 銘文によれば、1852年(嘉永5年)閏2月に、石工の弥兵衛および留三郎によって作られ、雲龍堂と龍海堂の門弟らによって奉納されました。雲龍堂は麹町八丁目(現在の麹町五丁目)に文政年間に開業した寺子屋で、龍海堂は松田町(現在の鍛冶町二丁目)に1804年(文化元年)に開業した寺子屋です。平河天満宮は学問の神として知られる菅原道真公(845年-903年)を祀っており、奉納された1852年は菅原道真公の950年遠忌にあたります。常夜燈はこの機に合わせて、学業成就などを願い奉納されたものと考えられます。」
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<百度石>(千代田区指定文化財)

 1852(嘉永5)年の奉納の百度石です。

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「百度石
千代田指定文化財
2003年(平成15年)4月1日指定
 百度石とは、神社仏閣の境内で一定の距離を100回往復して参拝し、願いの成就を祈願するために使用される石柱のことです。この百度石は、境内の南側にあり、平河稲荷神社への参道脇に立てられています。銘文から、1852年(嘉永5年)2月に、鮫ヶ橋(現在の新宿区若葉)周辺に在住した人々ら67名によって奉納されたと考えられますが、その由来は明らかではありません。
 常夜燈や筆塚などと同様、学問の神様として知られる菅原道真公950年遠忌にあわせて奉納されました。」
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<狛犬>(千代田区指定文化財)

 1801(享和元)年に奉納、1852(嘉永5)年に補修・再設置。
 「獅子」(右)と「狛犬」(左)との対で、狛犬の頭上には窪みができており、角が掛け落ちた跡が見られます。

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(説明板)
「狛犬
千代田区指定文化財
1995年(平成7年)4月1日指定
 この狛犬は1801年(享和元年)麹町周辺の人々によって奉納されました。1850年(嘉永3年)の火災で角や足が失われましたが、1852年(嘉永5年)の祭神菅原道真公の950年遠忌にあわせて補修し、再設置されました。
 狛犬の原型は、京都の御所の紫宸殿賢聖障子(ししんでんげんじょうのしょうじ)という障屏画といわれています。この障壁画には、一対の「獅子」と「狛犬」が描かれていますが、頭上に角をもっているのが狛犬です。平河天満宮もまた、本殿向かって「獅子」(右側)と「狛犬」(左側)とが対になっています。狛犬の頭上には、径10センチメートル、深さ5センチメートルほどの窪みがあり、角が掛け落ちた跡が見られます。」

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<撫で牛>(千代田区指定文化財)

 1852(嘉永5)年の奉納の石牛です。1852年は菅原道真公の950年遠忌にあたります。牛嶋神社〔文政8年(1825)〕、湯島天満宮〔嘉永2年(1849)〕についで古い石牛です(神社HP記載)。
 みなさん撫でるから頭部と背中が摩耗してツルツルです。コロナ感染防止のため触らずに祈念するようにとの注意書。

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(説明板)
「石牛
千代田区指定文化財
2010年(平成22年)4月1日指定
 1852年(嘉永5年)に、浄瑠璃常磐津節の岸沢右和佐の麹町の門弟らによって奉納されました。区内における学芸関係者の天神社に対する信仰の様子を物語る資料として重要です。
 1852年は、祭神菅原道真公の950年遠忌にあたり、平河天満宮では2月25日から60日間にわたって御開帳が行われました。この時にあわせて石造物が多数奉納されており、現在も境内の各所で見ることが出来ます。」

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<石牛>

 奉納の石牛が4基あります。

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<拝殿>

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<境内その他>

 双体神の石燈籠は初めて見ました。

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<平河稲荷神社>

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<力石/筆塚>

 力石と筆塚があります。両方とも千代田区指定文化財です。
 力石は中央「天龍石」、右「十店助次郎持之」、左「同新助」と刻まれています。
 筆塚は、1852(嘉永5)年の奉納。

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(説明板)
「力石(天龍石) /筆塚
千代田区指定文化財
1993年(平成5年)4月1日指定(力石)
2015年(平成27年)4月1日指定(筆塚)
 力石とは、一定重量の円形または楕円形の石で、神社の境内や地域の集会を行う場所などにあって、若者たちが力試しに用いたと言われています。この力石は長径80cm、短径60cmの卵型に近い形をしており、表面には、中央に「天龍石」、右端に「十店助次郎持之」、左端に「同新助」という銘文が刻まれています。
 この筆塚は菅原道真公950年遠忌の1852年(嘉永5年)2月に奉納されました。「筆塚」の文字は楳庵蟻道によるものですが、楳庵はもとより奉納者についてもよくわかっていません。」

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<江戸名所図会 平川天満宮>

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