行徳河岸と塩の道(日本橋小網町)

○行徳河岸と塩の道 中央区日本橋小網町1

 箱崎川には、江戸時代、行徳河岸、蛎殻河岸が置かれていました。 行徳河岸跡には、中央区の説明板「行徳河岸」が設置されています。
 説明板によると、寛永9(1632)年、本行徳村の村民が小網町三丁目先の河岸地を幕府より借り受け、江戸と行徳の間で物資と旅客の輸送を開始したことにあります。
 江戸と行徳とをむすぶ行徳船は毎日運航され、成田山新勝寺の参詣など多くの人びとが、この水路を利用しました。
 行徳船は明治に入り、蒸気船の普及で圧倒され、明治12(1879)年に廃止となりました(郷土室だより第164号による)。

DSCN2414_20240312111520814.jpg

<行徳河岸>

(説明板)
「行徳河岸
  所在地 中央区日本橋小網町一‐三 番先 地域
      中央区日本橋蠣殻町一丁目一番先 地域
 かつて、箱崎町と小網町・蠣殻町の間には、運河である箱崎川が流れていました。寛永九年(一六三二)、南葛西郡本行徳村(千葉県市川市)の村民が小網町三丁目先の河岸地を幕府より借りうけ、江戸と行徳の間で、小荷物や旅客の輸送を開始して以来、ここは行徳河岸と呼ばれるようになりました。江戸と行徳とをむすぶ船は毎日運航され、成田山新勝寺の参詣などで房総に向かう多くの人びとが、この水路を利用しました。
  平成十四年三月  中央区教育委員会」

DSCN2410_20240312111523d8e.jpg

DSCN2413_20240312111627d5e.jpg

DSCN2412_20240312111630265.jpg

「江戸切絵図」

 箱崎橋(当初は崩橋)の袂に「行徳河岸」はありました。

kiriezuhakozaki.jpg

「江戸名所図会 天王祭」

 天王祭其二及び其三を連結して行徳河岸付近の抜粋です。

zuehakozaki.jpg

「東京名所四十八景」「小綱丁箱崎橋よりミなとはし遠景」(昇斎一景 都立図書館蔵)

 「箱崎橋」「湊橋」「霊岸橋」が描かれています。

48keihakozaki.jpg


○蛎殻河岸と通運丸

 明治10(1877)年に就航した内国通運会社(飛脚問屋が集まり創業、現在の日本通運株式会社)の「通運丸」は、利根川水系を代表する長距離航路の定期貨客船でした。 両国橋の袂と蛎殻河岸に始発場がありました。 通運丸には、田山花袋や森鴎外等も乗船しています。
 なお、内国通運会社社長の顕彰碑「佐佐木莊助君之碑」(明治28年建碑。篆額は前島密)が隅田川神社にあります(こちらで記載)。
 
「東京両国通運会社 川蒸気往復盛栄真景之図」(歌川重清 明治15年 足立区立郷土博物館蔵)

 内国通運会社の通運丸乗船所(両国)と外車式汽船通運丸が描かれてます。
kawazyouki.jpg

 乗船所入口には「郵便御用蒸気通運丸乗船所」と書かれた看板と、寄港地の河岸名を描いた木札が掛けてあります。
kawazyoukib.jpg

「成田土産名所尽 行徳新河岸市川」(三代広重)

 明治23(1890)年の市川の行徳新河岸が描かれており、蒸気船「通運丸」が煙をたなびかせて停泊しています。

DSCN2818.jpg

「蛎殻町川岸の図」(井上安治 都立図書館蔵)

 蛎殻町の夕景。川端のほとりのガス灯には火がついています。蒸気船「通運丸」が見えます。

0421-C073.jpg

「東京市及接続郡部地籍地図」(東京市区調査会 大正1年)

 大正元年の地図から蛎殻河岸の場所です。

hakozakigawamap.jpg


○三又 中央区中洲 (隅田川テラスの再掲

 箱崎川が隅田川に合流する所に中洲があり、三つ又、三俣と呼ばれました。この辺りは、淡水と海水の潮目の境目で「わかれの淵」とも呼ばれました。 月見の名所として納涼船で賑わいました。

「名所江戸百景 みつまたわかれの淵」(広重)

 隅田川左岸(萬年橋辺りでしょうか)から、右手に三又(中洲)の終端が描かれています。現在は箱崎ジャンクションとなっています。

mitumatawakare.jpg
  
「江戸名所道化尽 十九 大橋の三ツ股」(歌川広景)

 昔の新大橋の場所から、下流の三ツ股方面の光景です。新大橋の上から飛び込む男たち。新大橋の下流は舟遊びの名所で、屋形船にスイカを売ってまわる水菓子の舟が橋の下にいました。運の悪いひとりがスイカを積んだ舟に落ちてしまいます。さらにもうひとり、橋から落ちてきています・・・。

douke18mitumata.jpg

「東都三ツ股の図」(歌川国芳 シカゴ美術館蔵)

 対岸の小名木川の南側に火の見櫓と並んで、謎の尖塔が聳え立っています(井戸櫓とも言われています)。中州では、腐食防止のため船底を焼いています。

totomitumata.jpg

「三ツ又永代橋遠景」(小林清親)

 三又(中州)から下流の永代橋を眺めたところを描いています。右手が三又の終端に当ります。

kobayashimitumata.jpg

「三ツ又永代」(井上安治)

 小林清親と同じ構図ですが、左手に立ち上っている煙が見えます。浅野セメント製造所の煙突からの煙でしょう。渋沢栄一も関わった降灰事件が起きています。

inouemitsumata.jpg


○箱崎川の埋め立て

 首都高速道路6号線の建設工事に伴い昭和45(1970)年、箱崎川が埋め立てられ、橋梁は全て撤去されました。
 昭和47(1972)年に設けられたのが首都高速向島線東京シティエアターミナルです。 小網町にあった行徳河岸は、箱崎ランプの横に当たります。

<箱崎ランプ> 中央区日本橋箱崎町3-23

DSCN2417_202403121138402cb.jpg

DSCN2415_2024031211384397d.jpg

<箱崎川第一公園> 中央区日本橋箱崎町2-1

 箱崎川の名称は、公園名などに残っています。箱崎川第一公園は、日本橋水門(日本橋川から分かれる亀島川の起点。こちらで記載)の面前にあります。

DSCN2419_202403121144163dd.jpg

DSCN2420_20240312114419c26.jpg

DSCN2418_202403121144192c6.jpg

DSCN2416_20240312114422d9a.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 井上安治昇齋一景歌川広景小林清親歌川広重塩の道

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カウンター
プロフィール

ほっと湯Web

Author:ほっと湯Web

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
検索フォーム
リンク
カテゴリ
タグリスト

全記事タイトル表示

全ての記事を表示する

Japanese→English
English
♥. ♠. ♣Alice
QRコード
QR