煉瓦工場と荒川遊園

○煉瓦工場と荒川遊園 荒川区西尾久6-35

 あらかわ遊園の入口、荒川遊園煉瓦塀の南西端に、説明板「煉瓦工場と荒川遊園」があります。

<煉瓦工場と荒川遊園>
(説明板)
「あらかわの史跡・文化財 煉瓦工場と荒川遊園
 明治・大正期、荒川(現隅田川)沿いにはいくつもの煉瓦工場があった。土が煉瓦の製造に適していたことと、船運が期待されてのことである。
 旭電化跡地(東尾久七丁目)付近にあった戸田・山本煉瓦工場、華蔵院(東尾久八丁目)付近にあった鈴木煉瓦工場などである。なかでも古いのが、明治五年に石神仲衛門氏が設立した煉瓦工場だという。後の広岡煉瓦工場である。
 その跡地にできた「あらかわ遊園」は、大正十一年に開園した都内でも古い民営遊園地で、大小の滝・築山・池・観月橋・総檜展望台などを備え、たいへんな賑わいをみせた。太平洋戦争中は高射砲の陣地となり一時閉鎖されたが、昭和二十五年、区立荒川遊園として生まれ変わった。
  荒川区教育委員会」

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○荒川遊園煉瓦塀 (荒川区西尾久6-20、21、34付近) 荒川区文化財

 荒川遊園の外側、小台橋保育園の脇(西尾久六丁目20)に続いている「荒川遊園煉瓦塀」の東南に説明板が設置されています。説明板の脇には。門柱の片方が残っています。

(説明板)
「荒川区登録有形文化財(建造物)
荒川遊園煉瓦塀
 この煉瓦塀は、荒川遊園を取り囲んでいた塀の一部です。南端には一対あった門柱の片方が残っています。煉瓦の積み方は、煉瓦の小口を見せる小口積みと、長手を見せる長手積みとを一段おきに繰り返し積む「イギリス積み」です。古老の手記によると、大正十一年(一九二二)、荒川遊園地が開園した時に木の塀から煉瓦塀に改修されたといいます。
 かつて尾久地区の隅田川沿いには、材料の土が入手し易く、舟運の便が良かったため、いくつもの煉瓦工場が設けられました。その一つ、広岡(後、王子に改名)煉瓦工場の跡地に、大正十一年、荒川遊園が開園しました。広岡幾次郎をはじめとする地元有志により、市民の精神の慰安と身体の健康増進のために設置された民営遊園地です。
 その後、王子電車への乗客誘致を目的として、王子電気軌道株式会社が荒川遊園の経営に参入しました。戦時中は、閉園を余儀なくされましたが、昭和二十四年(一九四九)、荒川区立の遊園地として再スタートしました。
 敷地の一部は戦後間もなく宅地化され、以来、煉瓦塀は宅地の境界や盛土のための土留めとして利用され今日に至ります。
 荒川遊園煉瓦塀は、近代的な景観をとどめる遺構として歴史的価値が高い貴重な文化財です。また、連続する煉瓦塀が作りだす景観はこの地域独自の風景として長年親しまれており、貴重な風景遺産でもあります。
 令和二年(二○二○)三月  荒川区教育委員会」

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<荒川遊園煉瓦塀>

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<現在の煉瓦塀>
 現在のあらかわ遊園を囲う煉瓦塀は、新しいものです。

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○尾久図書館 荒川区東尾久8-45-4

 尾久図書館の前に、「荒川遊園煉瓦塀」の一部が移設され、説明板が設置されています。
 図書館の隣は宮前公園の南端ですが、送電塔が延々と続き、送電塔の周りは高層建物がないので、とても開放感のある光景がグッドです。

(説明板)
「荒川遊園煉瓦塀
 この煉瓦塀は、西尾久6丁目に現存する「荒川遊園煉瓦塀」(区登録有形文化財)の一部を移設したものです。積み方は、煉瓦の短い目んを見せる“小口積み”と、長い面を見せる“長手積み”を、一段おきに繰り返し積む「イギリス積み」という方法を用いています。
 煉瓦製造は、尾久の近代を象徴する産業です。かつて尾久の隅田川沿いには、材料の土が入手しやすく、舟運の便がよかったことから、多くの煉瓦工場が設けられました。 その一つ、広岡煉瓦工場(のち王子煉瓦工場に改名)の跡地に、大正11年(1922)、荒川遊園が開園します。この時、木の塀から煉瓦塀に改修されたといわれ、今でも荒川遊園の周辺には煉瓦塀が残っています。
  荒川区教育委員会」

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○佐藤病院(旧小台通り) 荒川区西尾久5-7-1

 旧小台通りにある佐藤病院に、煉瓦塀があります。山本煉瓦工場の刻印が見られます。長方形に山本と、山に本の2種類の「山本」の刻印があります。

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○煉瓦造神輿庫 北区堀船4-13-28 船方神社

 船方神社境内の左手に煉瓦造の神輿庫があります。「奉納 廣岡幾次郎」とあります。あらかわ遊園に、かつて広岡煉瓦工場がありました。 煉瓦は広岡煉瓦工場製のものと考えるのが自然でしょう。

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