亀戸香取神社

○亀戸香取神社 江東区亀戸3-57-22 HP

 平将門の乱を平定した下野の武将、藤原秀郷が、戦勝の返礼として弓矢を奉納した故事があります。

「新形三十六怪撰 藤原秀郷竜宮城蜈蚣を射るの図」(芳年 国立国会図書館蔵)
 藤原秀郷(俵藤太)が、龍宮の姫をかばいながら、龍神の敵である近江三上山の百足退治をしているところを絵にしています。

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<江戸名所図会>
 江戸名所図会に香取大新宮が描かれています。

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<スポーツの神 亀戸香取神社参道>
 蔵前通りに面して、一の鳥居があり、参道が続きます。鳥居の上には、「勝矢」が2本見えます。

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 トイレにも勝矢が飾られています。

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 鳥居と参道です。亀戸大根発祥の地でもあります。

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<町角みちしるべ 亀戸香取神社>

(説明板)
「町角みちしるべ 亀戸香取神社
 由来
 香取神社は、社伝によれば665年の創建で、藤原鎌足(614〜669)が亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請し旅の安全を願ったのが始まりといわれ、以来亀戸村の総鎮守として信仰を集めています。
 平安時代の中期、関東で起こった平将門の乱(935〜940)を平定した藤原秀郷が、戦勝の返礼として弓矢を奉納した故事にちなみ、毎年5月5日に勝矢祭が行われています。
 亀戸七福神のうち恵比寿・大国神で親しまれています。」

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<亀戸香取神社御由緒>

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<亀戸惣鎮守葛飾神社号標石> 江東区文化財

 社号標は2つに折れて中間が欠けていますが、江東区登録文化財によると、文政7(1824)年銘の亀戸惣鎮守葛飾神社号標石のようです。

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<木遣音頭碑>

 (一社)江戸消防記念会のHPに木遣等の解説があります。 三囲神社には、木遣音頭之碑が建てられています(こちら)。また、高野山長命寺に「木遣塚」「木遣地藏堂」があります(こちら)。

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<木遣之由来>

 木遣の由来が刻まれています。

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<平和記念>

 左手にあるのは「平和記念碑」です。

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<力石> 江東区文化財

 力石2個が江東区文化財に指定されています。

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<境内社>

 参道にある境内社です。

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<狛犬> 江東区文化財

 文化2年銘の狛犬(残欠)です。

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<石燈籠> 江東区文化財

 寛政6(1794)年銘の石燈籠です。

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<手水鉢>

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<亀戸大根之碑>

(表)「亀戸大根之碑」

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(裏)「平成十一年十二月建之 割烹亀戸桝本」

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<江戸・東京の農業 亀戸大根>

(説明板)
「江戸・東京の農業 亀戸大根
 このあたりで大根づくりが始まったのは、記録によると文久年間(1861〜64)の頃とされ、当香取神社周辺が栽培の中心地で、明治時代にかけて盛んに栽培されてきました。
 当地は荒川水系によってできた肥沃な粘土質土壌であったため、肉質が緻密で白く冴えた肌の大根づくりに大変適していました。
 亀戸大根は、根が30cm程度の短い大根で、先がクサビ状にとがっているのが特長。
 明治の頃は「おかめ大根」とか「お多福大根」といわれましたが、大正初期になって産地の名をつけて「亀戸大根」と呼ばれるようになりました。しかし宅地化が進んだ大正時代の終り頃から産地は江戸川区小岩や葛飾区高砂などに移っていきました。
 秋から冬にかけてタネをまいて早春に収穫となる亀戸大根は、当時は他に大根などの全くない時期で、新鮮な野菜の出始めの頃なので根も葉も共に浅漬けにして美味しいことから、江戸っ子から大いに重宝がられました。
  平成9年度JA東京グループ
  農業共同組合法施行五十周年記念事業」

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<紙本淡彩道祖神祭図>

(説明板)
「江東区指定有形文化財(絵画)
 紙本淡彩道祖神祭図 歌川広重筆 一幅
     亀戸三ー五七ー二二
 道祖神祭図は、本紙を掛軸に表装したものです。本紙は縦三三・六cm、横四○・六cm。表装は縦一五八cm、横四七・○cmです。
 香取神社の道祖神祭は、毎年正月一四日、氏子の子供たちが宝船をかつぎ、亀戸から両国の辺りまで練り歩いたもので、享保のころから始まり、明治初期まで続きました。その光景は『江戸名所図会』の挿し絵に載せられ、『東都歳時記』にも記載されています。本図は人物や宝船を墨で描き、朱、青で淡彩を施しています。作者は浮世絵師歌川広重(一七九七〜一八五八)で、嘉永五年(一八五二)以降、広重の円熟期に描かれた作品とみられます。
 本図は、江戸時代の香取神社の古い行事の様子をよく伝え、作者が著名な広重であること、また戦災を免れて区内に伝えられたことなどから、貴重な作品といえます。
  平成九年九月  江東区教育委員会」

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「江戸名所図会 亀戸邑道祖神祭」
 江戸名所図会にも道祖神祭が描かれています。

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<勝石>

 勝石は御鎮座1350年記念事業として、平成28(2016)年7月24日に設置されました。勝石の上には、藤原鎌足の故事に基づいて、太刀の白石がはめられています。

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<勝石の由来>

(碑文)
「勝石の由来
 亀戸香取神社は天智天皇四年(六六五年)、藤原鎌足公が東国下向の際、亀の島に船を寄せられ、香取大神を勧請し太刀一振を納めて旅の安泰と御神徳を仰ぎ奉りましたのが起こりであります。御鎮座一三五〇年記念事業の一環として、この故事に基づいて太刀一振りを冠した「勝石」を建立いたしました。ご参拝の皆様に香取大神の御神徳が授かりますよう氏子並びに崇敬者が心をこめての寄進によるものです。四年に一度の神幸大祭に際し平成二十八年七月二十四日、関係者相寄り盛大に除幕式が挙行されました。
 勝石に触れ、願いを掛けることによって勝運と幸運を授かるお力どころ(パワースポット)として末永く崇敬を集められますことを祈念申し上げております。
  平成二十八年七月吉日
  香取神社御鎮座一三五○年 記念事業実行委員会」

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<恵比寿神・大黒神>

 右恵比寿新、左大黒神、お水掛けで真茶色となっています。神像に水掛け祈願するための柄杓が置かれています。柄杓にすくって味見すると、鉄臭・鉄味。分析すれば冷鉱泉かも。亀の井戸からの聖水で、手水舎の水と明らかに水質が異なります。
 亀戸天神の近くには、かつて亀戸温泉があったので、掘れば温泉が出るところなのでしょう。

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<亀ヶ井>(江東区史跡)

 平成15(2003)年に復元されたものです。「若水や 福も汲みあげ 亀が井戸」

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<亀が井の由来>

(碑文)
「亀が井の由来
 亀戸を代表する香取神社は、壱千参百有余年の歴史を誇り古くは藤原鎌足公を初め多くの武将や土着の人々の篤い崇敬を受け郷土の守護神として今日に至っております。
 この度、亀戸の地名の起こりとされている亀が井戸を再興し、併せて恵比須様・大国様の石像を祀り、この井戸の聖水を掛けながら参詣する人々が御神徳を戴き明るく健康で楽しい生活が出来ますようにと願い、氏子・崇敬者を初め多くの皆様のご協賛により建立いたしました。
  平成十五年四月吉日  香取神社宮司香取邦彦」

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○東参道

 社号標「亀戸香取神社」

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<鳥居前の石柱>

 鳥居前の柱の裏に「昭和三年十一月 亀戸三業組合」とあります。

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<玉垣>

 「亀戸三業組合」と「天神裏有志者」の玉垣があります。

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<亀戸あさくさ古道>

 玉垣の上に、「ご案内図「亀戸あさくさ古道」を訪ねて」の案内図があります。

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<日露戦役紀念百度碑>

 東参道入って左手に「日露戦役紀念百度碑」があります。

 「日露戦役 紀念百度碑」
 「明治三十八年十月建之」

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 砲弾が2個奉納されています。

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<境内社>

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<水神社/三峯神社/熊野神社>

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 水神社が江戸名所図会の本社の左手に見えます。

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<福神社(恵比寿神・大國神)>

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<稲足神社>

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<天祖神社(入神明宮)>

 「江戸名所図会」に「入神明宮」「太平榎」として描かれています。昭和63(1988)年に当社の境内社として遷座。

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<不詳>

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<社務所>

 社務所とその前にあった2基の石塔です。

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<狛犬> 江東区文化財

 寛政7(1795)年銘の狛犬です。

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<社殿/本殿>

 社殿は昭和63(1988)年の造営です。

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○入神明宮跡(江東区史跡) 江東区亀戸3-41

 江戸名所図会に描かれている「入神明宮」は、現在は説明板のみあります。

「江戸名所図会 入神明宮」

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(説明板)

「江東区登録史跡
 入神明宮跡  亀戸三ー四一
 入神明宮は、小高く盛り上がった塚の上に建てられた神社でした。由緒は、昔、このあたり一帯が海で、海上を往来する船の安全のために神明宮が祀られたといわれています。神木の榎は、枯れたときに「天下太平」の文字の虫喰いが生じたので太平榎と称し、また漁師が網を干したところから網干榎とも呼ばれました。
 江東区は、大部分が江戸時代以降の埋め立てで、古くは、亀戸のあたりに亀の形をした島があったと伝えられています。明治四十年(一九○七)年、このあたりから中世初頭の漁網のおもり(土埵)が発見され、当時、すでに人々が暮らしていたことを物語っています。
 明治に入り、天祖神社と改称しながらも、永く当地に祀られていましたが、昭和六十二年(1987)に香取神社(亀戸三丁目)に合祀されました。
  平成二年三月二十日  江東区教育委員会」

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