柳森神社(おたぬき様)

○柳森神社(おたぬき様) 千代田区神田須田町2-25-1

 太田道灌公が江戸城の東北の鬼門除けとして、多くの柳をこの地に植え、京都の「伏見稲荷大社」を勧請して創建したとされています。 境内の福寿神は「お狸さん」とよばれ、桂昌院が江戸城内に創建したといわれています。江戸三森、江戸七森の一つです。

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「江戸名所図会 柳原堤」

 「江戸名所図会 柳原堤」の中で「柳森稲荷」が描かれています。通りを行く人に、車いすの人や視覚障害者が見えます。

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「江戸切絵図」

 和泉橋上流の柳原堤に、「籾蔵」と「イナリ」が見えます。

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「絵本江戸土産 柳原 河岸通」 (広重)

 神田川の和泉橋辺りから上流を描いています。左手の神田川右岸が柳原堤で、柳森稲荷が見えます。
 挿絵には 「浅草御門より西の方 これを神田川といひて江戸川の末流也 大川へ出るにより川舟左右に競ひ 旦より暮に至るまで盧櫂のおと引きもきらず 賑はひの地なり」 とあります。

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<一の鳥居/社号標>

 神田川の南側「柳原通り」沿いに神社入口があります。石鳥居と社号標「柳森神社」があります。鳥居より低い位置に境内がある「下り宮」です。

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<富士塚・富士講石碑群> 千代田区有形民俗文化財

 鳥居をくぐり階段を降りると右手に千代田区指定有形民俗文化財「富士講関係石碑群」があります。かつての富士塚の溶岩や碑などが積み上げられています。一番上には「三桂乃大神」、下に「富士宮浅間大社神」が祀られています。

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(説明板)
「富士講関係石碑群
 千代田区指定文化財
 1998年(平成10年)4月1日指定
 5つの石碑群は、柳森神社周辺に存在した富士講の名残を今日に伝える石碑群です。富士講とは、富士山信仰をもとに成立した民間信仰の一種で、江戸時代特に町民や農民の間で流行しました。
 柳森神社は、1680年(延宝8年)に駿河富士宮浅間神社から分祀した富士浅間神社を、合殿・合祀した経緯から、富士講と深い関わりを持つ場所でした。『東都歳事記』には、天保年間(1830〜1844年)頃の「富士参」(富士浅間神社への参詣)の例として柳森神社のことが取り上げられています。
 1930年(昭和5年)には、境内に富士塚と呼ばれる、富士の溶岩石を積み上げて富士山に模した塚も築かれましたが、1960年(昭和35年)に取り壊され現存していません。
 石碑群の銘文には、富士塚が築かれた時期に近い、大正や昭和の文字があり、このころに富士講を再興させようという動きがあったことがわかります。」

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<力石群> 千代田区有形民俗文化財

 13個の力石が集められ壮観です。

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(説明板)
「力石群
 江戸時代には、若者たちの間で、重量のある石を持ち上げて力自慢を競うことが流行しました。明治時代の中頃から次第に衰退しましたが、大正時代になると再び盛り上がりをみせます。
 柳森神社の境内にあるカ石の一群は、当時のカ士で大関として名を上げた神田川徳蔵こと飯田徳蔵と、その一派が生前使った石の一部で、彼らの業績を記念し後世に伝えるために集められたものです。」

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<明徳稲荷神社>

 商人からの信仰を集めた明徳稲荷神社です。

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<秋葉大神>

 火防・火伏せの神として信仰を集めた「秋葉大神」です。

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<水神厳島大明神・江島大明神>

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<金比羅宮>

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<福寿社(おたぬきさま)>

 桂昌院が江戸城内に創建したといわれています。

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<福寿 たぬき尊像>

 親子狸が鳥居の前におわします。

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<鳥居(福寿神)>

 鳥居の両側には親子の狸の像が座しています。鳥居の裏に説明板。

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<おたぬきさん 福寿神御由来>

(説明板)
「おたぬきさん 福寿神御由来
 江戸開府以来、年と共に諸制度も完備して、漸く泰平の世を迎えた五代将軍綱吉公の御代、将軍のご生母桂昌院様によって江戸城内に福寿いなりとして創建された。
 桂昌院様は京都堀川の生まれ、八百屋の娘が春日局に見込まれて、三代将軍徳川家光の側室となり、五代将軍徳川家綱吉公の生母となる。
 大奥の御女中衆は、他を抜いて(たぬき)玉の輿に乗った院の幸運にあやかりたいとこぞってお狸さまを崇拝したという。
 後世、元倉前甚内橋際 向柳原の御旗本、瓦林邸内に祠を移し祭祀される様になり、明治二年現在の柳森神社に合祀されました。
 開運、諸願成就の福寿神として、殊に近年は他を抜いて受験、勝運、出世運、金運向上などにご利益があると信奉されております。
 なお当社において頒与する、“おたぬきさん”と呼ばれる土製の親子狸のお守りは、素朴で、たいへん愛されております。」

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<幸神社>

 お稲荷様が祀られてる幸神社です。

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<神楽殿>

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<柳森神社由来>

 神楽殿の道路側に「柳森神社由来」が掲げられています。

(掲額文)
「柳森神社由来
 今を去る五百余年の昔この東京が武蔵野の原と称し足利時代の頃長禄ニ年太田道灌公江戸築城の時その東北方即ち此所に城郭鎮護鬼門除けとして京都伏見稲荷大明神を勧請して御祀り申し上げ神田川土堤一帯に柳の木を多数植え繁茂したるに依り柳原の名と共に柳森神社の起源となった其の後江戸城を中心に年を追って江戸八百八町は繁栄しこの柳森神社も商売繁昌の神として非常に殷賑を極めたのである元禄と文政の頃には徳川家より社殿造営の寄進があり其の造営物は大正十二年九月の関東大震災にて惜しくも烏有に帰した尚其頃迄この周辺には柳町小柳町元柳町向柳町柳原河岸などと柳に因んだ町名の有ったことも此の柳の森より起因したものである。
 昭和三十年が当神社創建五百年祭に相当するので崇敬者の発願に依って記念事業として此の神楽殿を建立し同年五月十五日楽慶大祭を執行した次第である。
 例大祭は毎年五月十四日十五日
  昭和三十六年五月吉日」


<手水舎>

 元禄6(1693)年の銘です。

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<天水桶>

 昭和5(1930)年奉納の鉄製天水桶です。川口町の浅倉庄吉の鋳造です。
 「川口町 「多」(社章) 浅倉庄吉製 昭和五年八月吉日」「山寅作」の印影です。

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<神狐>

 左の神狐は、子狐が親狐を見上げています。
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 右の神狐は赤い前掛けです。
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<拝殿>

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<本殿>

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<天水桶>

 文政3(1820)年銘の「江戸深川 釜屋」による製作の天水桶です。社務所前にあります。「柳原岩井町」の多くの人々による奉納です。現在の拝殿前にある天水桶は昭和5(1930)年の奉納なので、こちらは役目を終えた先代の天水桶なのでしょう。

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<庚申塔>

 正徳5(1715)年銘の庚申塔です。千代田区内に2基ある庚申塔のうちの一つです。社務所前にあります。

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