真福寺(荒綾霊場29番)

○真福寺 足立区梅田1-1-23

 予約投稿のつもりが誤って公開したので下書きに戻した記事の再アップです。

 鷲谷山常楽院真福寺と号します。弥五郎新田(足立区日ノ出町)に創建され、安養院(こちらで記載)の歴代住職の隠居寺でした。荒川放水路開削のため大正元(1912)年8月に移転命令を受けて、現在地に至ります。
 寺前は首都高速と千住新橋ランプ、寺横は国道四号線の千住新橋の高架橋に挟まれ交通量の多い中、寺中は周囲の喧騒とはうってかわって、鶏が歩いているなど静寂な寺中です。
 荒川辺八十八ヶ所霊場第49番札所、荒綾八十八ヶ所霊場第29番札所です。

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<移転記念碑>

 石門柱から入って、左手に移転記念碑があります。創建地の弥五郎新田から、荒川開削工事のため大正元(1912)年8月に移転命令を受けての経緯が刻まれています。

 「移転紀念之碑」

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<札所碑>

 山門脇に並ぶ4基の石塔の右端に、荒綾88ヶ所霊場第29番の札所碑があります。

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 (正面)
  「荒綾瀬八十八ヶ所第廿九番眞福寺
     千住三軒家
   是ヨリ□□光輪寺へ十五丁」
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 (右側面)
  「大正十五年六月
   功徳主両河員
   南綾瀬村小菅
   吉澤角右エ門」

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<庚申塔/馬頭観音>

 左端の正徳3(1713)年銘の庚申塔です。線香台にも三猿が陽刻されています。

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 中央の享保4(1719)年銘の庚申塔です。

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 右端の天保3年(1832)銘の馬頭観音です。

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<山門>

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<六地蔵>

 本堂手前、休息所の前に六地蔵が並んでいます。年代はバラバラですが、童子・童女の戒名が多く刻まれています。

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<五重塔>

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<弘法大師像>

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<庫裡>

 鶏小屋があります。鶏は外で散歩しています。

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 散歩する鶏を見て、浅草寺の鶏のことを思い出しました。江戸時代、大鷲神社(当時は鷲大明神祭社)では、酉の市に鶏を奉納して祭が終わると浅草寺観音堂の前に放つ習慣がありました。また、江戸の人々は卵を産まなくなった鶏を浅草寺の境内に放しに行きました。そんなわけで浅草寺境内は、鶏が歩き回り、夜はイチョウの枝にとまって寝ていました。「驚かぬ鶏ハ群衆の中を行」など川柳にも多くうたわれました。
 江戸名所図会や浮世絵にも鶏が描かれています(こちらで記載)。

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 こちらは、岩槻の久伊豆神社(こちらで記載)で見た鶏の放し飼いです。鶏を飼っている神社は珍しくないようです。

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<本堂>

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 本堂上からの景観は、首都高速と荒川土手、千住新橋です。

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<不詳の神社>

 ラブホテルと共用の駐車場のある裏通りに面した裏門から入ってすぐに、文字が読み取れず手掛かりのなかった神社があります。

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【墓地】

 墓地側の入口には「乾門」があります。

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<西側のお堂>

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<無縁塔>

 阿弥陀如来が座しています。
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 無縁塔内には多くの地蔵尊が祀られています。
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 無縁墓石の他にも、庚申塔などがあります。荒川開削のために移転を経ていますが古いものも多く保存されています。
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<庚申塔>

 無縁墓石が並ぶ中に、寛文9(1669)年銘の地蔵尊を主尊とする庚申塔があります。「奉造立庚申供養二世安樂之攸」とあります。

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 もうすぐ春ですね。真福寺の真横にあるのが閉店している田中屋釣具店。キャンディーズの亡きスーちゃんのご実家。屋上の看板だけが営業していた時の名残を示しています。

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隅田川目次

隅田川 目次

 隅田川には多くのモニュメントや歴史スポットがあり、見所満載です。

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 【隅田川 右岸】
  ○ 隅田川河口(竹芝)
  ○ 勝鬨橋
  ○ 勝鬨橋~佃大橋鉄砲洲
  ○ 佃大橋~中央大橋亀島川 霊厳島① 霊厳島②
  ○ 中央大橋
  ○ 中央大橋~永代橋
  ○ 永代橋
  ○ (豊海橋
  ○ 江戸時代の永代橋西詰
  ○ 永代橋~隅田大橋~清洲橋
  ○ 清洲橋
  ○ 清洲橋~新大橋
  ○ 新大橋
  ○ 新大橋~両国橋
  ○ (元柳橋
  ○ 両国橋
  ○ (柳橋
  ○ 柳橋~蔵前橋
  ○ 蔵前橋
  ○ 蔵前橋~厩橋
  ○ 厩橋
  ○ 厩橋~駒形橋
  ○ 駒形橋
  ○ 駒形橋~吾妻橋
  ○ 吾妻橋
  ○ 吾妻橋~すみだリバーウォーク
  ○ すみだリバーウォーク
  ○ すみだリバーウォーク~言問橋
  ○ 言問橋~桜橋
  ○ 桜橋~白鬚橋
  ○ 白鬚橋
  ○ 瑞光橋
  ○ 水神大橋
  ○ 千住汐入大橋/汐入公園
  ○ 千住大橋
  ○ 一本松の渡し
  ○ 荒木田の原 
  ○ お茶屋の渡し (お竹の渡し)
  ○ 尾竹橋
  ○ 尾竹橋〜尾久橋
  ○ 小台橋~豊島橋
  ○ 六阿弥陀の渡し跡
  ○ 岩淵水門
  ○ 旧岩淵水門

 【隅田川 左岸】
  ○ 佃島
     佃公園①
     佃公園②
     石川島公園 
  ○ 深川
     芭蕉庵史跡展望公園
     大川端芭蕉句選
     奥のほそみち
  ○ 両国
  ○ 横網
  ○ 向島
  ○ 堤通
  ○ 千住大橋
  ○ 千住隅田川テラス
  ○ 隅田川テラス(京成線下流)
  ○ 千住桜木
  ○ 浅間の渕
  ○ 宮城ファミリー公園〜豊島橋
  ○ 野新田の渡し/新田橋
 
 【隅田川 水上バス/屋形船】
  ○ 隅田川水上バス
  ○ 隅田川お花見屋形船

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町屋の一本松

○町屋の一本松 荒川区町屋1-9-14

 「一本松グリーンスポット」の一角に、「町屋の一本松」跡があります。町屋の一本松は、元禄6(1693)年に町屋村と三河島村との境に植えられたと伝えられています。戦争中に焼け、現在は2代目の松が植えられています。一本松の根元にあった寛文8(1668)年銘の板碑型庚申塔が今も残されています。

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(説明板)
「あらかわの史跡・文化財
 寛文八年九月銘庚申塔(町屋の一本松)
 この庚申塔は元禄六年(一六九三)に植樹されたと伝えられる一本松の根元にあった。
 町屋の一本松は江戸時代、三河島村との堺に位置し、根元の庚申塚は四坪ほどで丸い小丘をなしていたという。今では寛文八年(一六六八)九月吉日銘の庚申塚が残るのみで、松も戦災で枯死してしまった。ただ『三河島八景』のなかに「庚申の暮雪」として、庚申塔とかつての一本松が雪景色を背景に描かれており、往時を偲ばせる。
 平成六年に誕生した、この“一本松グリーンスポット”は、町屋の一本松に由来する。   荒川区教育委員会」

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<手水鉢>

 「猿田彦大(神)」と刻まれています。手水鉢型庚申塔ですか?

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<板碑型庚申塔>

 寛文8(1668)年銘の板碑型庚申塔です。
 「奉造立庚申供養一基二世安楽所」

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<愛>

 「愛 一色邦彦根」

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○一本松児童遊園 荒川区町屋1-10-2

 児童遊園にも一本松の名がとどめられています。

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お茶屋の渡し(お竹の渡し)/一本松の渡し

○お茶屋の渡し(お竹の渡し) 荒川区町屋7-17-6 荒川区立尾竹橋公園

 尾竹橋から下流の隅田川右岸には隅田川テラスはありません。カミソリ堤防の外に、「お茶屋の渡し」「一本松の渡し」の説明板が続きます。
 説明板「お茶屋の渡し(お竹の渡し)」は、「荒川区立尾竹橋公園」にあります。

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(説明板)
「あらかわの史跡・文化財
 お茶屋の渡し (お竹の渡し)
 ここから南へ約七十メートル行ったところに、町屋と足立区千住桜木一丁目を結ぶ渡しがあった。対岸の足立区側の渡し場の脇に三軒の茶屋があったことからこの名がつけられたといわれる。別名をお竹の渡し。茶屋に「おたけさん」という名の女性がいたために そう呼ばれたという。
 この渡しは 天保年間(一八三○〜四四)にはじめられたと伝え、千住・西新井方面へ向かう交通路として重要な役割をはたした。昭和九年にこの渡しから少し上流に尾竹橋が架けられた後もしばらくは渡しが残っていた。   荒川区教育委員会」

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○一本松の渡し 荒川区町屋8-20

 マンションの前に荒川区の説明板「一本松の渡し」が建っています(荒川区町屋8-21-21)。

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(説明板)
「あらかわの史跡・文化財
 一本松の渡し  
 この渡しは、現在の足立区千住緑町との間、 約百四十メートルの距離を結ぶ。両岸の人々の暮らしに欠かせない重要な交通手段であった。
 渡しの名は、町屋一丁目の庚申塚の上に立つ一本松に由来する。
 ここから東へ六十メートルほど行ったところが渡し場だった。   荒川区教育委員会」

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 説明板から60mほど行ったところの行き止まりのカミソリ堤防に、かつて「上水千住水管橋」がありました(平成25(2013)年に撤去)。 ここが一本松の渡し場でした。

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○土地区画整理記念碑 荒川区町屋8-17

 説明田「一本松の渡し」の道路反対側には、大きな「土地区画整理記念」の碑が建っています。西郷隆盛の甥の西郷従徳の揮毫です。

 (碑文)
  「土地區割整理紀念碑
     昭和十年十一月 完成
     侯爵西郷従徳書」

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十三坊塚

○十三坊塚  荒川区東尾久7-1 都立尾久の原公園

 「都立尾久の原公園」の前を通る「旭電化通り」の歩道に、説明板「十三坊塚」があります。

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<十三坊塚>

 「新編武蔵風土記稿」によると、上尾久村に四ヶ所、下尾久村に八ヶ所の塚があって、それらを「十三坊塚」と呼んだといいます。

(説明板)
「あらかわの史跡・文化財
 「十三坊塚」
 文政十一年刊の「新編武蔵風土記稿」によると、上尾久村に高さ五尺(約一五○cm)ばかりの塚が四ヶ所、下尾久村に高さ五尺、周囲七八(約二一○〜四○cm)の塚が八ヶ所あって、それらを「十三坊塚」と呼んだという。この内、下尾久村にあった砂利塚からは太刀と具足が出土したと記されている。
 この塚は両村の境にあったと思われ、上尾久村には「十三坊」という小字があった。十三坊塚は全国に分布し、境界の目安や、村境において災いや疫病・害虫の侵入を防ぐ役割を果たしていたものと推測されている。塚は大正初期まで八基ほど残っていたが、大正六年に旭電化の敷地となって消滅した。「旭電化通り」の名は、この地にあった旭電化工業尾久工場にちなむ。
  荒川区教育委員会」

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