清水観音堂 秋色桜

○秋色桜  台東区上野公園1-29

<東叡山寛永寺其二 清水観音堂 秋色桜(江戸名所図会)>

「秋色桜は清水堂の御供所構の内、井のかたわらにあり。花は一種にして虎尾と称するもの是なり。中頃江府の商戸某の女秋色といえるもの、花のころここに来たり、「井戸ばたの 桜あぶなし 酒の酔」といえる秀句ありしより名づくるとなん」
「木のもとに 汁も鱠も さくらかな  芭蕉」

syuusyokusakura.jpg

syuusyokusakura1.jpg


<秋色桜(八重紅枝垂)>

 清水観音堂の脇に、秋色桜(ヤエベニシダレ)があります。2本植わっており、手前はライオンズクラブの植樹によるものです。

DSCN9590.jpg

DSCN9412_20201230202643044.jpg

DSCN9593.jpg

DSCN9591.jpg

DSCN9592_20201230202643dc2.jpg

(説明板)
「秋色桜(しゅうしきざくら) 台東区上野公園一番
 上野は、江戸のはじめから桜の名所として知られていた。数多くの桜樹の中には、固有の名を付せられた樹も何本かあり、その代表的なものが、この「秋色桜」である。
   井戸ばたの
     桜あぶなし
       酒の酔
 この句は元禄の頃、日本橋小網町の菓子屋の娘お秋が、花見客で賑わう井戸端の様子を詠んだものである。桜の枝に結ばれたこの句は、輪王寺宮に賞せられ、一躍江戸中の大評判となった。お秋は当時十三歳だったと伝えられている。俳号を菊后亭秋色と号した。以来この桜は、「秋色桜」と呼ばれている。ただし、当時の井戸は摺鉢山の所ともいい正確な位置については定かでない。
 お秋は、九歳で宝井其角の門に入り、其角没後はその点印を預かる程の才媛であった。享保十年(一七二五)没と伝えられる。
 碑は、昭和十五年十月、聴鴬荘主人により建てられた。現在の桜は、昭和五十三年に植え接いだもので、およそ九代目にあたると想像される。
  平成八年七月  台東区教育委員会」

DSCN9383_20201230203052595.jpg

 ※秋色庵大坂家(しゅうしきあん おおさかや)
  お秋の菓子屋は、現在も三田で営業しています。


<秋色の短冊>

 「江戸の今昔」(歌川広重 昭和7年)

akiironotanzaku.jpg


<句碑>

・秋色桜句碑。「秋色」は女流俳人・菊后亭秋色
 「井戸はたの 桜あふなし 酒の酔」

DSCN9413_20201230203055091.jpg

DSCN9382_20201230203057197.jpg

DSCN9381_2020123020305947b.jpg

DSCN9384_20201230203054204.jpg


・翠影句碑
 「鶴の檻 さくら吹雪の 中にあり 翠影」

DSCN9379.jpg


・寒心斎句碑(反対側の柵の中)
 「惜春賦 花三日 みころはきのふ 阿喜みやげ」

DSCN9582.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 上野公園江戸名所図会松尾芭蕉其角

清水観音堂 月の松(国重文)

清水観音堂  台東区上野公園1-29

<清水堂 花見図(江戸名所図会)>

 「上野清水堂にて
  鐘かけて しかもさかりの 桜かな  室井其角」

kiyomizu.jpg

    
<観音堂>

DSCN9385_202012301929538da.jpg

DSCN9388.jpg

DSCN9389_20201230192956438.jpg

DSCN9390_20201230192958d9d.jpg

DSCN9370_20201230192959dc3.jpg

DSCN9374_2020123019300124b.jpg

(説明板)
「清水観音堂(国指定重要文化財)  台東区上野公園一番二十九号
 清水観音堂は、寛永寺を開創した天海が京都清水寺を模して寛永八年(一六三一)に創建した。当初現在地より一○○メートル余り北方の摺鉢山上にあったが、元禄7年(一六九四)この地へ移築し、現在に至っている。堂宇は、桁行五間、梁間四間、単層入母屋造り、木瓦葺、とくに不忍池に臨む正面の舞台造りは、江戸時代より浮世絵に描かれるなど著名な景観である。
 近年老朽化が目立ち、平成二年より全面的な解体・修復工事を実施、平成八年五月に完成した。この間、移築年代を元禄九年とする定説を覆す元禄七年の棟札が発見されるなど、さまざまな事実が明らかとなっている。
 本尊は千手観音座像で、京都清水寺より奉安したもの。秘仏で平常は厨子内に安置するが、毎年二月初午の日にのみ開扉され、多くの参詣者が訪れる。
 脇本尊の子育観音は、子供に関するさまざまな願いをもつ人々の信仰をあつめ、願い事が成就した際には身代わりの人形を奉納する。毎年九月二十五日には、奉納された人形を供養する行事がある。
  平成十年三月  台東区教育委員会」

DSCN9387_20201230193002970.jpg


<清水の舞台からの眺望/月の松>

 2013年12月17日除幕式で月の松が復活しています。足立区の造園職人によって3年がかりで満月を作ることに成功。

DSCN9586_20201230193535ec6.jpg

DSCN9367.jpg

DSCN9366_2020123019353775a.jpg

DSCN9365_2020123019353902c.jpg

DSCN9364_20201230193541f5f.jpg

DSCN9587_202012301935424cd.jpg

 2本は輪にならずに失敗、1本は予備で少し離れたところにあるとのことですが、2本ある松の枝は輪になっておらず、該当の予備の松は見当たりませんでした。

DSCN9399_20201230194210c17.jpg

DSCN9395_2020123019421267c.jpg

DSCN9398_20201230194213f01.jpg

DSCN9377_20201230194214bcf.jpg

DSCN9378_202012301942163f2.jpg

DSCN9283_20201230194217b9f.jpg


<名所江戸百景(広重)> 

「上野清水堂不忍ノ池」(安政3)
sinobazunoike.jpg

「上野山内月のまつ」(安政4)
tukinomatu.jpg


<しのぶ川>

 江戸時代から明治初期まで、不忍池から流れ出る忍川には、三橋が架かっていたことで有名でした。
 こちらの「しのぶ川」碑の脇にある水源は、京成電鉄上野駅トンネル内の地下水で、不忍池に注いでいます。

DSCN9348_20201230194605f72.jpg

DSCN9349_20201230194607463.jpg


<黒門の由来>

 黒門は南千住の円通寺にありますが、復元された黒門が昭和39年にここに建てられましたが、朽ち果て撤去され、黒門の由来碑が残ります。

DSCN9608.jpg

DSCN9607_2020123019490879a.jpg

DSCN9350_20201230194909748.jpg

DSCN9396_20201230194910acf.jpg


<清水観音堂舞台下>

DSCN9352_20201230195236747.jpg

DSCN9353_20201230195238271.jpg

DSCN9351_2020123019523953d.jpg

DSCN9354_20201230195240e36.jpg


<石階段>

 石段の脇に「浚明院殿尊前」(十代家治公)石燈籠(天明6年)が複数基あります。

DSCN9397_20201230195724a48.jpg

DSCN9585.jpg

DSCN9393_20201230195727ed1.jpg

DSCN9392_202012301957296ca.jpg

DSCN9369_2020123019573037d.jpg

DSCN9372_2020123019573284f.jpg

DSCN9371.jpg

 柵の向こうにも近寄れず誰の尊前か不明の石燈籠が3基あります。

DSCN9391_20201230200048591.jpg

DSCN9581.jpg
   

<清水坂>

(標柱)
「清水坂(きよみずざか)
この石段坂を「清水坂」という。坂の上には、東叡山寛永寺清水観音堂があり、坂の名はその堂の名称にちなむ。清水観音堂は寛永八年(一六三一)に京都の清水寺を模し摺鉢山の上に創建され、元禄七年(一六九四)に現在地へ移転した。国の重要文化財に指定されている。」

DSCN9693_20210101234357aef.jpg

DSCN9355_20201230200303d38.jpg

 石段の脇に「浚明院殿尊前」(十代家治公)奉献石燈籠(天明6年)と、「常憲院殿尊前」(五代綱吉公)奉献石燈籠(寛永6年)があります。

DSCN9356_202012302003058ed.jpg

DSCN9357_202012302003068d5.jpg

DSCN9359_202012302003070a5.jpg

DSCN9360_202012302003094df.jpg


<人形供養碑>

 観音堂の裏手に「人形供養碑」があります。

(人形供養碑台座)
 「人形
  それは人の心を
  明るく楽しく
  豊かにし
  子どもを
  優しく美しく
  健やかにする」

DSCN9362_202012302007238b2.jpg

(副碑)
「人形供養碑
 清水観音堂に安置されている子育観音は子宝に恵まれない人々が信仰すると願いが叶うと言い伝えられています そして子供が授かると丈夫に育つようにと人形を奉納します その奉納された人形と家庭で飾ってよごれたり 子供と遊んでこわれたりした人形を秋の彼岸の終りにここに集めて読経のうえ茶毘に付します
それらの人形を回向し供養するためにこの碑が建てられたのです。
  清水観音堂」

DSCN9363_20201230200725d6f.jpg

 人形供養碑の脇と背後に奉献石燈籠が3基あります。

DSCN9588.jpg

DSCN9361_202012302007276ed.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 上野公園奉献石燈籠歌川広重天海江戸名所図会其角国重要文化財

寛永寺時鐘堂/上野大仏/寒松院

○寛永寺時鐘堂 台東区上野公園4-58

 「精養軒」手前の崖に「時の鐘」があります。正午の鐘撞(かねつき)を、しばし聴きました。
 「花の雲 鐘は上野か 浅草か 芭蕉」

DSCN9224_202012282017174a0.jpg

DSCN9222_20201228201719ebf.jpg

DSCN9336_2020122820172033d.jpg

DSCN9612.jpg

DSCN9452_20201228201721b44.jpg


(説明文)
「時の鐘    台東区上野公園四番
 花の雲 鐘は上野か 浅草か
 芭蕉が詠んだ句はここの鐘のことである。
 時の鐘は、はじめ江戸城内で撞かれていたが、寛永三年(一六二六)になって、日本橋石町三丁目に移され、江戸市民に時を告げるようになったという。元禄以降、江戸の町の拡大に伴い、上野山内、浅草寺のほか、本所横川、芝切通し、市谷八幡、目白不動、目黒円通寺、四谷天龍寺などにも置かれた。
 初代の鐘は、寛文六年(一六六六)の鋳造。銘に「願主柏木好古」とあったという。その後、天明七年(一七七八)に、谷中感応寺(現、天王寺)で鋳造されたものが、現存の鐘である。正面に「東叡山大銅鐘」、反対側には「天明七丁未」、下に「如来常住、無有変易、一切衆生、悉有仏性」と刻まれている。
 現在も鐘楼を守る人によって、朝夕六時と正午の三回、昔ながらの音色を響かせている。
 なお、平成八年六月、環境庁の、「残したい日本の音風景一○○選」に選ばれた。
 平成八年七月  台東区教育委員会 」

DSCN9223_202012282017225ca.jpg


○上野大仏  台東区上野公園4-8

 第二次大戦時に胴体を徴用されて、お顔のみが残されました。胴体を失った顔面は「これ以上落ちない」という意味で「合格大仏」と呼ばれ祈願されています。
 お顔に触れてお参りできる珍しい大仏ですが、新型コロナの影響がここにも出ており、現在は以下掲示があるように、お顔に触れることはできません。
 「新型コロナウィル感染拡大を防ぐ為、大仏に触れてお参りすることをご遠慮下さい。」(掲示)
 寛永寺の絵師・関良雲の宝篋印塔があります。

DSCN9225_202012282022195e1.jpg

DSCN9346_20201228202221721.jpg

DSCN9344_2020122820222212c.jpg

DSCN9345_20201228202223476.jpg

DSCN9342_20201228202225a01.jpg

DSCN9337_20201228202227c87.jpg

DSCN9338_20201228202228f52.jpg

DSCN9341_202012282022304bd.jpg

DSCN9340_20201228202231fa6.jpg


○寒松院  台東区上野公園15-11

 藤堂竹虎が創建した寒松院は東照宮の別当寺として開基されました。寺は現在地に移転してきています。

DSCN9459_20201228194207bea.jpg

DSCN9458_20201228194208bfe.jpg


 門右に「旧東照宮別当」石柱。

DSCN9460.jpg

 門左に「旧津藩主 藤堂高虎公開創之寺」石柱。

DSCN9461_20201228194211332.jpg


<東叡山寛永寺 其五(江戸名所図会)>

 寒松院が描かれています。

kansyouin.jpg


<藤堂家墓所/藤堂高虎の墓>

 上野動物園内に藤堂家墓所と藤堂高虎の墓があります(非公開)。
※新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、上野動物園は、12月26日から1月11日まで休園しています。

DSCN9243.jpg

 旧正門から墓所を垣間見る

DSCN9568.jpg

DSCN9567.jpg

DSCN9565.jpg

閑々亭(茶室)
DSCN9566.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 上野公園コロナ天海江戸名所図会江戸幕府施設藤堂家松尾芭蕉

上野東照宮(国重文)

上野東照宮  台東区上野公園9-88 03-3822-3455

 藤堂高虎は寛永4(1627)年その屋敷跡に、徳川家康を祭神とする上野東照社(後に東照宮)を創建しました。
 現在は、徳川家康公・徳川吉宗公・徳川慶喜公を祀っています。

DSCN9233_20201227231752066.jpg

DSCN9278_20201227231754b2e.jpg

(説明板)
「上野東照宮 国指定重要文化財 台東区上野公園九番
 藤堂高虎(一五五六~一六三○)は上野山内の屋敷の中に、徳川家康を追慕し、家康を祭神とする宮祠を造った。
これが上野東照宮の創建といわれている。あるいは寛永四年(一六二七)宮祠を造営したのが創建ともいう。もとは「東照社」と称していたが、正保二年(一六四五)に宮号宣下があり、それ以後家康を祭る神社を東照宮と呼ぶようになった。
 現在の社殿は、慶安四年(一六五一)、三代将軍家光が大規模に造り替えたもので、数度の修理を経ているが、ほぼ当初の姿を今に伝える。社殿の構造は、手前より拝殿、幣殿、本殿からなり、その様式を権現造りという。社殿は都内でも代表的な江戸時代初期の権現造りで、華麗荘厳を極めている。
 唐門、透塀は社殿とともに構造、様式が優れており貴重であることから、参道入口の石造明神鳥居、唐門前に並ぶ銅燈籠四十八基と合わせて国の重要文化財に指定されている。
  平成二十一年三月    台東区教育委員会」

DSCN9277_202012272319017a7.jpg
  

<お化け石燈籠> 台東区上野公園9-86

 石鳥居の傍に「お化け石燈籠」があります。佐久間勝之が奉納した石灯籠です。

(説明板)
「お化け燈籠    台東区上野公園四番
 佐久間大膳亮勝之が東照宮に寄進した石造の燈籠で、
  奉寄進佐久間大膳亮平朝臣勝之
  東照大権現御宝前石燈籠
    寛永八年辛末孟冬十七日
と刻印し、寄進者・寄進年月を知ることができる。寛永八年(一六三一)当時、東照宮は創建して間もなく、社頭には、現存の大鳥居・銅燈籠・石燈籠などは、まだわずかしか奉納されていなかった。勝之は他にさきがけて、この燈籠を寄進したのである。
 勝之は、織田信長の武将佐久間盛次の四男。母は猛将柴田勝家の姉という。信長・北条氏政・豊臣秀吉、のち徳川家康に仕え、信濃国川中島ほかで一万八千石を領した。
 燈籠の大きさは、高さ六・○六メートル、笠石の周囲三・六三メートルと巨大で、その大きさゆえに「お化け燈籠」と呼ぶ。同じ勝之の寄進した京都南禅寺・名古屋熱田神宮の大燈籠とともに、日本三大燈籠に数えられる。
 平成八年七月    台東区教育委員会 」

DSCN9228_20201227232017e44.jpg

DSCN9231_20201227232019a74.jpg

DSCN9232_202012272320204fa.jpg

DSCN9230_20201227232021eb4.jpg


<大鳥居>(国重要文化財)

 寛永10(1633)年の奉納で、鳥居の左の柱に「寛永十年酉四月十七日 厩橋侍従酒井雅楽頭源朝臣忠世」と刻まれています。 
 大鳥居の石材には備前の御影石が使用されており、鳥居の右柱に「得鉅石於備前国迎茲南海運干當山」と刻まれています。
 石鳥居の裏には「右石華表者七世祖考酒井忠世所奉建也 今茲蒙台命加琢磨奉再建之享保十九年甲寅十二月十七日 厩橋城主従四位下酒井雅樂頭源朝臣忠知」と刻まれています。

DSCN9247_202012272322335e7.jpg

DSCN9248_202012272322349b4.jpg

DSCN9249_2020122723223582d.jpg

DSCN9250_202012272322372f5.jpg

DSCN9251_2020122723223948f.jpg

DSCN9252.jpg

DSCN9253_20201227232242619.jpg


<上野東照宮積雪之図>(小林清親)

 小林清親が描いた「上野東照宮」。昔も今も変わりません。

kobayashitousyogu.jpg


<東京名所 上野東照宮>(井上安治)

 小林清親が描いた「上野東照宮」。

kobayashitousyouguu.jpg


<不忍口鳥居/不忍参道>

 不忍口鳥居は、1873(明治6)年、江戸城内紅葉山東照宮より移築されました。
 鳥居正面左側に石柱があり、平面に几号水準点が刻まれています。

DSCN9334a.jpg

DSCN9506_20201227232610cba.jpg

DSCN9505_20201227232611359.jpg

DSCN9504_20201227232613dc3.jpg

DSCN9333_20201227232614d5e.jpg

DSCN9514_20201227232616143.jpg

DSCN9507_202012272326179a5.jpg

DSCN9282.jpg

 参道左に建つ「重建石燈碑記」
DSCN9280_20201227232620efa.jpg

DSCN9280a.jpg

DSCN9281_20201227232623949.jpg

DSCN9509_20201227232625a77.jpg


<大鳥居~水舎門>

 参道に石燈籠が並びます。

DSCN9254_20201227232952a21.jpg

DSCN9258_202012272329536a4.jpg

DSCN9255_202012272329542f9.jpg

DSCN9256_20201227232956967.jpg

DSCN9257_20201227232957014.jpg
   

<水舎門~参道>

 水舎門を入ると石燈籠が両側にずらりと並んでいます。
 燃えていないだけあって、保存状態は良いです。
 200基以上も石燈籠があり、圧巻です。

DSCN9259_20201227233211adb.jpg

DSCN9263_20201227233213129.jpg

DSCN9264_20201227233214fbf.jpg

DSCN9284_20201227233215301.jpg

DSCN9285_202012272332175b5.jpg

DSCN9265_20201227233218ac8.jpg

DSCN9266.jpg

DSCN9279.jpg


<石燈籠一覧>

DSCN9289.jpg

DSCN9290_202012272333569d8.jpg

DSCN9291_202012272333584bb.jpg

DSCN9292_20201227233359848.jpg
 

<五重塔> 国重要文化財

 寛永16年(1639)に建立。上野動物園内にあります。
 五重塔は、上野東照宮の一部として創建されましたが、明治の神仏分離により、寛永寺に譲渡された後、東京都に寄贈されました。

DSCN9267_202012272336007d8.jpg

DSCN9275_20201227233602365.jpg

DSCN9274.jpg

DSCN9286_20201227233604eb9.jpg


<句碑3基>

 参道の行き止まり、右側に句碑が3基。
 「乱世を酌まむ酌む友あまたあり 三柳」
 「盃を挙げて天下は廻りもち 周魚」
 「富貴には遠し年々牡丹見る 鉄之介」

DSCN9270_20201227233738979.jpg

DSCN9269.jpg

DSCN9271_20201227233741c5a.jpg

DSCN9272_202012272337426e0.jpg

DSCN9276_202012272337441a7.jpg


<銅燈籠> 国重要文化財

 社殿の前には銅燈籠が群をなして並んでいます。48基あります。
 東照宮社殿が落慶した「慶安四年四月十七日」銘がほとんどですが、
 寛永5(1628)年に奉納された銅燈籠が台東区教育員会説明板の裏にあります。
 徳川家康十三回忌に「伊賀少将藤原朝臣高虎」(藤堂高虎)が奉納。
 この銅燈籠だけ、台座が八角形ではなく円形です。

DSCN9296_20201227233913437.jpg

DSCN9298_2020122723391520d.jpg

DSCN9513.jpg
    

(説明文)

「 銅燈籠  台東区上野公園九番
 東照宮社殿唐門前と参道に、五十基の銅燈籠が並んでいる。燈籠は神事・法会を執行するときの浄火を目的とするもの。照明用具ではない。浄火は神事・仏事に使う清めた火。燈籠は上部から、宝珠・笠・火袋・中台・竿・基壇で構成されている。火袋は、八角・六角・四角などの形式に分かれ、各面には火口・円窓という窓を設けている。火袋下部の長い部分を竿といい、ここに銘文を刻むことが多い。
 これら銅燈籠は、諸国の大名が東照大権現霊前に奉納したもの。竿の部分には、寄進した大名の姓名と官職名・奉納年月日等が刻字されている。それによると、伊勢国(三重県)津藩主藤堂高虎奉献の寛永五年(一六二八)銘一基をはじめ、慶安四年(一六五一)正月十七日奉献二基、同年四月十七日奉献四十五基、同五年孟夏十七日奉献二基
となっている。慶安四年四月十七日は東照宮社殿落慶の日。その日の奉献数が最も多い。これら銅燈籠は、東照宮社殿とともに一括して、国の重要文化財に指定されている。
  平成八年七月  台東区教育委員会」

DSCN9295_202012272340519de.jpg


<銅燈籠配置図と一覧>

DSCN9287_20201227234052c4c.jpg

DSCN9293.jpg

DSCN9288.jpg

DSCN9301_20201227234404e62.jpg

DSCN9329_202012272344069c4.jpg

DSCN9308_20201227234407315.jpg

DSCN9327_20201227234408bf1.jpg

DSCN9512.jpg

DSCN9307_202012272344118f2.jpg


<狛犬他>

 狛犬は比較的新しい奉納です。
 大鈴は、1874(明治7)年に石工酒井八右衛門が寄進したもの。

DSCN9302_20201227234631eca.jpg

DSCN9304_20201227234633dfa.jpg

DSCN9303_202012272346349f1.jpg

DSCN9300_20201227234636988.jpg

DSCN9306.jpg

DSCN9305_202012272346391b6.jpg

DSCN9299_20201227234640ee8.jpg

DSCN9510_2020122723464250d.jpg
    

<御三家銅燈籠>

 社殿唐門の両脇には、御三家が奉献した銅燈籠があります。
 紀州藩主徳川頼宣、水戸藩主徳川頼房、尾張藩主徳川光義となっています。

DSCN9310_20201227234905730.jpg

DSCN9328.jpg

DSCN9319_2020122723490808e.jpg

DSCN9324_202012272349104b7.jpg

DSCN9322.jpg

DSCN9326_20201227234913df2.jpg

DSCN9320_202012272349147b8.jpg

DSCN9321_20201227234916fb5.jpg


<唐門>
 唐門には 「昇り龍」「降り龍」が彫刻されています。
 本殿、幣殿、拝殿、唐門、透塀が、国の重要文化財に指定されています。

DSCN9330_20201227235149ac1.jpg

DSCN9323_2020122723515191d.jpg

DSCN9311_20201227235152482.jpg

DSCN9317.jpg

DSCN9314_20201227235155c80.jpg

DSCN9312_20201227235156ff3.jpg

DSCN9313_20201227235158989.jpg

DSCN9316_20201227235159bc8.jpg

DSCN9315_2020122723520176b.jpg

DSCN9325_202012272352028d1.jpg

DSCN9318_20201227235204ba0.jpg
関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 徳川家康几号水準点奉献石燈籠上野公園小林清親徳川慶喜井上安治邸内社国重要文化財藤堂家

尾崎紅葉生誕の地

〇尾崎紅葉生誕の地 港区芝大門2-7-4

 「首尾稲荷大明神」(港区芝大門2-7-15)の裏に「尾崎紅葉生誕の地」説明板があります。

(説明板)
「港区指定文化財 旧跡 尾崎紅葉生誕の地
 『金色夜叉』などの小説で有名な作家、尾崎紅葉(本名徳太郎)は、慶応三年(一八六七)十二月十六日、芝中門前二丁目二十五番地(現在港区芝大門二丁目七番四号)にあった首尾稲荷社のそばの家で、伊勢屋こと牙彫り師の尾崎谷斎(惣蔵)の長男として生まれました。四歳のとき母を失い、芝神明町八番地(現在港区浜松町一丁目十八番十四号)母の実家荒木家に養われることになるまでこの地に住みました。
 十七歳の時、日本最初の文学団体「硯友社」を結成して近代文学の先駆けとなり、十八歳の夏からは増上寺境内の紅葉山からとって紅葉山人と号しました。明治三十六年(一九〇三)十月三十日没。三十五歳。小説集には『芝肴』の題をつけ、また『男心は増上寺』と題する短編もあり、終生出身地の気風をよく現わした人物でした。墓も港区の青山墓地にあります。
   囀りの下に小さき祠かな  紅葉
  昭和五十七年十月三十日指定  港区教育委員会」

DSCN9203.jpg

DSCN9200_20201223205039780.jpg

DSCN9202_20201223205040f18.jpg

DSCN9198_2020122320504276b.jpg

DSCN9196_20201223205043a27.jpg



以下、パソコンサイトまとめです。

ozaki.jpg

 尾崎紅葉ゆかりの地
  ○ 塩原がま石園地 尾崎紅葉の碑
  ○ 畑下温泉「清琴楼」 紅葉胸像
  ○ 塩原妙雲寺 尾崎紅葉の句碑
  ○ 港区芝大門 尾崎紅葉生誕の地
  ○ 熱海湯宿一番地 紅葉山人筆塚/紅葉の句碑
  ○ 「相馬屋製」原稿用紙の考案

関連記事

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 尾崎紅葉旧跡

カウンター
プロフィール

ほっと湯Web

Author:ほっと湯Web

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
11 | 2020/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
検索フォーム
リンク
カテゴリ
タグリスト

全記事タイトル表示

全ての記事を表示する

Japanese→English
English
♥. ♠. ♣Alice
QRコード
QR