実相院 出羽三山大権現碑

〇実相院 足立区伊興4-15-11

 実相は、天平年間に、行基菩薩によって開山といわれています。前九年後三年の役では源頼義・義家父子が戦勝祈願をし寺領を寄進したといいます。
 正式名は「真言宗 豊山派 寶光山 実相院 横沼寺」ですが、「横沼寺」ではなく「実相院」で通っているようです。
 伊興観音堂(子育観音)は実相院とは別でしたが、明治4年に実相院の本堂となりました。
 荒綾八十八ヶ所霊場41番札所、武蔵国(別称 新西国 新坂東)三十三ヶ所霊場23番、武蔵国八十八ヶ所霊場3番です。

<山門>

 仁王像は石造です。
     
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<鐘楼と石碑>
  
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 「力石」

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 「横沼観音堂碑」

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 「弘法大師一千五十回忌供養塔」「新西國八十八ヶ所霊場三番 実相院」

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 「普門品供養塔」「成田山不動尊」「浪人征伐 横死萬霊」
 「浪人征伐 横死萬霊」は、江戸末期に浪人により治安が悪化、村人は自警団を組織して村を守り、碑は犠牲となった団員の供養碑です。

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 「不明」
   
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<水かけ弁財天>

 実光堂の前に、小さな水かけ弁財天。

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<宝篋印塔>

 大きな宝篋印塔です。
  
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<本堂>

 本堂右手に、足立区教育委員会の説明が説明板ではなく板碑で記銘されています。
 子育観音縁起は、横沼寺の説明板が本堂左手上方に張り付けてあります。
     
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<八幡太郎義家公白馬堂>

 源義家に因んで白馬像を祀っています。
    
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<月山 湯殿山 羽黒山 出羽三山大権現碑>

 真新しい「月山 湯殿山 羽黒山 出羽三山大権現碑」「伊興観音橋馬頭観世音菩薩」と、大きな「馬頭観世音菩薩」があります。
元禄6(1693)年10月に建立、文政13(1830)年12月に再建されています。
 「足立郡淵江領伊興村実相院」と刻まれています。
 正面に「馬頭観世音像」。側面に「正観世音菩薩」。
 「三山願主」「聖観音願主」「馬頭願主」と刻まれており、3つの供養塔を兼ねています。
 出羽三山関係の記銘には、「先達 大乗院」とあります。台座には「為往来通行馬 安全奉安置之」とあります。
 馬の通行安全を祈願しており、元々は、千住堀に架かっていた観音橋の橋詰にあったものを、実相院に移されています。観音橋については、こちらで記載済

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<供養塔道標>

 燃えた痕跡のある供養塔に目がとまりました。
 供養塔ですが道標にもなっています。
 正面上半分「南無阿弥陀佛」、下半分「百萬遍供養」。

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 正面下「南方」「六阿弥陀 一里」「弘法大師 十二丁」「江戸道 千住迄一里半」
 「六阿弥陀 一里」とあるのは、ここから一里の距離だと、六阿弥陀の札所2番目・延命院(現:恵明寺)でしょう。実相院は、行基による開山といわれ、その由縁でしょう。
 「弘法大師 十二丁」の弘法大師はよく出てくる定番です。

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 右面「當山所蔵西国廿三番正觀世音菩薩」

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 右面下「東方」「草加 一里」「鳩ヶ谷 一里半」「竹之塚 十二丁」

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 左面「奉順礼 坂東 西国 秩父 為先祖代々菩提」

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 左面下「西方」「王子 一里半」「川口善光寺 一里十丁」
 川口善光寺はよく出てくる定番です。

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光増寺~水戸街道

月山 湯殿 羽黒 三山大権現  光増寺(東金町)

光増寺 葛飾区東金町6-20-17

 当地は旧水戸街道沿いにあたり、水戸徳川家の立ち寄り所となり、葵の紋が使用されています。

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 多くの石碑、墓などが祀られています。
 本堂の扁額には「光増教寺」とあります。

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<出羽三山大権現>

 道標の後ろにある太子堂の横に、出羽三山大権現碑があります。

 「月山 湯殿 羽黒 三山大権現」
 「金町村講中」
  安永3(1774)年。

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<舟形地蔵道標>

(説明板)
「区登録有形文化財
   舟形地蔵・道標    所 在 地 葛飾区東金町六丁目20番17号
                登録年月日 平成3年3月25日
 元禄7年(1694)7月に建てられたもので、中央に地蔵の浮彫、その左側に(そうか迄二里半」、右には(ミキいわつきしんおんしミチ)とあります。以前はここより30m南の街道ぞいにありました。
 岩槻慈恩寺、坂東三十三観音霊場の第十二番札所として知られ、江戸川ぞいの人々の信仰をあつめていました。この道は岩槻慈恩寺道と呼び、舟運が発達するまでは行徳の塩を運ぶ陸路として利用されました。その後慈恩寺へお参りにいく人々の道として賑わいました。「金町村 同行弐百三十五人」と彫られていることから、多くの信仰をあつめていた様子が伺えます。   葛飾区教育委員会 」

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<俳人 鈴木松什の墓>

(説明板)
「葛飾区指定史跡
  俳人 鈴木松什の墓        所 在 地 東金町六丁目20番17号
                  指定年月日 昭和52年3月19日
 鈴木松什は、寛政10年(1798)柴又村に生まれ通称を安五郎、俳名を無有庵松什といいました。瓦の製造を生業としていましたが、若くして俳諧の道に入り、当時江戸の俳諧師として名の知れてた寥松のもとで学びました。松什は俳句のほか書画にも優れ、中央の俳壇までその名を知られていました。
 「気も散らで 暮れに及ぶや蓮の花」  松什
 彼の編集した、句集「芭蕉翁発句類題集」などは著名なもので、嘉永6年(1853)松什没後も柴又を中心に俳句が盛んに作られました。鈴木松什は当区の生んだ文人の先覚として、この地域の文化に寄付した顕彰すべき人物です。
 墓は鈴木家の墓地の左側、法名は「無有庵俊誉松什禅士」
  葛飾区教育委員会 」

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<庚申塔など>

 参道右に石造物が並んでいます。
 右から2基目が庚申塔。宝歴5(1755)年12月。

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<釈尊成正覚相>

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<倶会堂>

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<宝篋印塔>

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<馬頭観音>

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<他色々>

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<彰徳碑>

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【閉館】千鹿谷鉱泉①

○千鹿谷鉱泉  秩父市上吉田2148 0494-78-0243

<解体>

 2020/9/1解体。解体前に、7/13(月)〜8/22(土)8:00-19:00、風呂開放とのことで行ってきました。
 千鹿谷鉱泉の歴史は古く、今年の7月で、452年目です。


<千鹿谷林道>

 県道71号沿の今井菓子店の脇から林道の起点、千鹿谷線に入ります。
 錆だらけの「秩父七湯温泉郷 旅館千鹿谷温泉」の看板が出ています。
 1kmほど進むと、左手に千鹿谷鉱泉があります。右手に看板が出ています。

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<旅館千鹿谷鉱泉>

 庭はそれなりに手入れされている感があります。
 玄関に「お客様 各位」の貼り紙。 内容は、休館と数年後再開のお知らせが掲示されています。

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<玄関>

 スリッパの横に「お知らせ」と「記帳」。
 小銭千円分を用意して、左手の引き出しに入浴料700円を入れました。
 残り300円でタオルを買おうと思いましたが、売り切れでした。
 昭和時代へタイムスリップです。

 短冊の句が気になりました。
 秩父電鉄の車内広告に惹かれます。

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<歴史の里千鹿谷 平成2年10月吉日 坂本新三書>

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<千鹿谷鉱泉の歴史>

 日尾城主の療養湯として開かれた千鹿谷鉱泉の歴史は古く、永禄12(1569)年7月、日尾城主・諏訪部遠江守定勝の隠し湯として開かれ、寛政10(1798)年6月、岩鼻代官所・榊原小兵衛によって官許されました。
 (「秩父千鹿谷郷ひなた村」→「千鹿谷鉱泉」を参照しました。)

 「瀬音の森」→「山里の記憶239 千鹿谷鉱泉:坂本春子さん」にも詳細が記されています。


<秩父事件>

 千鹿谷鉱泉は秩父事件の現場でもあり、明治17年9月27日、秩父困民党の千鹿谷鉱泉会議の場所です。
 参加者は井上伝蔵、落合寅市、高岸善吉、大野福次郎で、蜂起による解決を決めた場所です。
 秩父事件のチラシと井上伝蔵の来歴チラシが置いてあり、これを撮影しました。

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<洗面所/脱衣所>

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<浴室>

 源泉蛇口はプッシュ式、押してみたら激しい勢いで出てあせりました。
 カランや洗面所も源泉使用。
 カランからの源泉を頭からかぶると硫黄臭に包まれました。
 浴槽は硫黄臭はしませんが、ぬるすべの良い湯でした。

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<源泉>

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<館内>

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出羽三山供養塔道標/木根川商店街/宝温泉

〇出羽三山供養塔(薬師道道標) 葛飾区東四つ木1-8-7木根川小学校正門近く

<出羽三山供養塔(薬師道標)>

 宝暦4(1754)年10月建立の出羽三山供養塔で、薬師道の道標を兼ねています。

 (正面)「き祢川 みぎ」「やくしみち」
 (右面)「奉供養諸願成就」
 (左面)「月山 湯殿山 羽黒山 摂待堂講中」

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<木根川商店街> 葛飾区東四つ木1-7

 レトロな商店街というかほぼ廃墟ですね、かろうじて理容タジマのみ営業しています。
 木根川商店街の看板の下には、宝商店街の文字が見えます。

 出羽三山供養塔の先に進むと、木根川商店街の終端に出ます。
 商店街の先にあった、宝温泉(薄茶色の天然温泉)が廃業して、商店街は名称変更したようです。

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<宝温泉> 葛飾区東四つ木1-8-1

 宝温泉の場所は今は駐車場です。さだまさし「木根川橋」の歌詞に出てくる銭湯が宝温泉でしょう。
 NHK<サンドのお風呂いただきます>(2021年4月28日放送)を見ていたら、さだまさしが通った銭湯は別の銭湯でした。アクアガーデン栄湯が紹介されていました。

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大圓寺/お七の井戸

〇大圓寺 目黒区下目黒1-8-5

「滝泉寺(目黒不動)の方角から目黒川に架かる太鼓橋を渡り、長さ約140mの急坂行人坂を登って行くと、右手に明王院、大円寺と続き、坂の上左手には茶屋があった。
 太鼓橋は享保(1716-1736)の末、木喰上人が、八丁堀の商人達の援助を受けて完成させたもの。
 行人坂は、寛永(1624-1644)の頃、出羽三山の一つ湯殿山の大海法印という行人(行者)がこの地で修行を始め、次第に多くの行人が集まり住むようになったことが名前の由来。
 大円寺は、江戸三大火事の一つ、明和9(1772)年の「目黒行人坂の火事」の火元と言われており、犠牲者供養のために約50年かけて石工が完成させた釈迦三尊像及び五百羅漢像約520体が境内の三方を囲んでいた。」
 (「錦絵でたのしむ江戸の名所 太鼓橋・行人坂」(国立国会図書館)より引用)
  国立国会図書館の職員は優秀だなぁと思います。要点を欠かさず簡潔にまとめているのに感心します。

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(説明板)
「大円寺(天台宗)  下目黒1-8-5
 この寺は「松林山大円寺」といいます。寛永のはじめ、湯殿山の大海法印が寺の前の坂(行人坂)を切り開き、大日金輪を祀って祈願の道場を開いたのがその始まりと伝えられています。
 本寺には“生身の釈迦如来”と言われている木造「清涼寺式釈迦如来立像」(国指定文化財)、「木造十一面観音立像」(区指定文化財)、徳川家の繁栄と江戸発展守護のための「三面大黒天像」(山手七福神の一つ)などが安置されています。
 明和9年2月(1772)、本堂から出火、江戸六百余町を焼き、多くの死者を出しましたが、その供養のために造られた釈迦三尊・十六大弟子、五百羅漢の像等の「大円寺石仏群」(都指定文化財)が建てられています。また阿弥陀堂には「木造阿弥陀如来三尊像」(区指定文化財)や八百やお七の火事にまつわる西運上人の木像、お七地蔵などが祀られています。
 境内には「行人坂敷石造道供養碑」(区指定文化財)、「目黒川架橋供養勢至菩薩石像」(区指定文化財)、西運の墓、などがあります。
 江戸の面影を残している行人坂の景観や老樹古木のしげる境内は緑の自然と古い歴史が薫る静かな美しい浄域を守っています。
  平成3年3月  目黒区教育委員会」

 「大圓寺の指定文化財
  ◎鎌倉時代(国重文)
  ・生身の釈迦如来立像(一躰)
  ・白銅菊花双雀鏡(一面)
  ・結縁交名断簡(三片)
  ◎江戸時代(都重文)
  ・石佛群五百羅漢像(五二四躰)
  ◎江戸時代(区重文)
  ・行人坂敷石造道供養碑(一基)
  ・阿弥陀三尊像(三躰)
  ・目黒川架橋供養勢至菩薩像(一躰)
  ◎藤原時代(区重文)
  ・十一面観音立像(一躰)
  ●八百屋お七、吉三の墓碑 ●江戸裏鬼門守護開運大黒天
  ●新東京百景指定(東京都指定)
  文化財は国民の財産で世界の文化遺産です。
  皆で守りましょう。」  

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<本堂>
 本堂には木造十一面観音立像が祀られています。

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 本堂前には薬師如来座像があります。体の悪い部分に金箔を貼るので全身金仏となっています。
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(説明板)
「木造十一面観音立像
  目黒区指定有形文化財 彫刻
  昭和五十九年三月三十一日 指定
 この像は一木彫刻で、表面がかなりやつれ、面相も衣文線も制作当初の鋭い彫りの調子を失っているが、造法も作風も古様を伝えている。
 やや面長な面相、伏眼がちの眼の表現、細身で長身な体躯等いずれも藤原時代の特色を示し、区内の彫刻の中では最も古い遺品の一つと推定される貴重なものである。
  昭和五十九年八月  東京都目黒区教育委員会」

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<大円寺石仏群>

 五百羅漢像が圧巻です。
 釈迦三尊像  3体  
 十大弟子像  10体  
 十六羅漢像  16体  
 五百羅漢像 491体

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(説明板)
「東京都指定有形文化財(歴史資料)
 大円寺石仏群
 明和9年(一七七二)、江戸市中を焼く大火があり、火元と見られたのが大円寺であった。この火事は「行人坂の火事」と呼ばれ、明暦三年(一六五七)の振袖火事、文化三年(一八○六)の車町の火事と並び、江戸三大火事の一つに数えられている。『新編武蔵風土記稿』には、大円寺境内の五百羅漢は行人坂の火事で亡くなった人々を供養するために建立されたと記されている。
 大円寺境内の北東側斜面に、五二○体の石仏群が安置されている。左右に文殊菩薩・普賢菩薩を配した釈迦三尊像を十大弟子と十六羅漢が囲み、背後に四九一基の羅漢像が並ぶ。造立年代は、五百羅漢の中に宝暦十三(一七六三)の刻銘もあるが、多くは釈迦如来の刻銘天明元年(一七八一)以降の造立と思われる。嘉永元年(一八四八)に大円寺が再興された時、これらの石仏もここに安置されたと考えられる。
 像高は、釈迦三尊像が一四七~一五五cm、十大弟子像が五五~一二六cm、十六羅漢が九五cm、五百羅漢像が三七cm前後。判読できる銘文によると、行人坂の火事以外の供養も含まれているようである。また、広く勧進を募り、時間をかけて今の石仏群が作られたことも読み取れる。江戸災害史の貴重な資料である。
 平成二十三年三月 建設  東京都教育委員会」

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<とろけ地蔵>
 漁師が海から引き揚げた地蔵ですが、行人坂の大火でとろけたらしい。

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<釈迦堂>
 釈迦如来像。開帳日は、わりと多いかと思います。

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(説明板)
「釈迦如来立像(国・重要文化財)
 本尊は、京都嵯峨の清涼寺に伝わる釈迦如来立像を模して作られた像です。原像である清涼寺の本尊(国宝)は、東大寺の僧が寛和2年(九八六)に中国から請来したもので、請来当初から摂関藤原兼家以下の朝野の尊崇を集め、やがて多くの模刻が作られました。
 現在こうした清涼寺式の違例は各地に数多くありますが、その中でも大円寺の像は、嵯峨の原像に相似し、よくその趣を伝えています。両耳孔には水晶珠をはめ込み、頸際まできっちりとつけた衣には、同心円状の衣文を刻み、各衣紋に沿って截金線が入っているなど他の像に比べて全てが細かに模されています。
 昭和32年(一九五七)に行われた解体修理の際、胎内から白銅製の菊花双雀鏡、女性の髪、紙片、木札などが発見され、それらに書かれた陰刻や墨書から建久4年(一一九三)に制作されたとされます。
 原像に勝るとも劣らない巧みな刀技で、四肢、五体の均衡に至ってはより自然味を増した優品であるとともに、制作年代もはっきりした貴重な文化財です。」

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<旧太鼓橋の石材>

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(標柱)
「目黒川の太鼓橋に使用された石材
 八百屋お七の恋人吉三はその後名を西運と改めお七の菩提を弔うため江戸市民から寄進された浄財を元に行人坂の石畳、太鼓橋を石の橋にした」

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<阿弥陀堂>

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<八百屋お七と吉三(西運)>
 西運の1万日念仏行の碑です。
    
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(説明板)
「八百屋お七と吉三(西運)
 江戸時代、本郷駒込町に住む八百屋の娘お七は、天和2年(一六八二)の火事の際、しばらくの間近くの円林寺に仮住いしており、その時に寺小姓の吉三に恋したという。お七が十六才、吉三が十八才でした。
 しかし、短い避難生活のこと、やがてれ離れ離れになってお七は吉三に会いたさゆえに乱心し、自宅に火を放ったのです。大事には至らなかったものの、当時は放火は火あぶりの大罪。お七は江戸中引き廻しの上、大井・鈴が森の処刑場で火刑に処せられました。
 その後、恋人吉三は剃髪し、西運と名を改めて、お七の菩提を弔うために念仏を唱えながら諸国巡礼を行脚しました。その後、江戸に戻った西運は、大円寺の坂下にあった明王院(現ホテル雅叙園東京)に阿弥陀三尊仏を祀り、身を寄せながら隔夜日参一万日という念仏行を始めました。浅草寺までの道のりを雨の日も雪の日も休むことなく、鉦をたたき念仏を唱えながら、一万日の行を二十七年と五ヶ月かけて成し遂げました。その夜、お七が夢枕に立って成仏した事を告げたのですが、そのお姿が今現在も阿弥陀堂に祀られているお七地蔵になります。
 西運は集った浄財で行人坂の石畳を直し、目黒川に架かる橋を石の橋に造り替え、社会活動の数々を行いました。そのことを伝える当時の石碑があり、現在文化財指定となり、寺に伝えられています。」

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<行人坂敷石造道供養碑>

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(説明板)
「行人坂敷石造道供養碑(区指定文化財) 大円寺境内
 この供養碑は、高さ164cm。碑の上部に種子(梵字)キリーク.(阿弥陀)サ.(観音)サク.’(勢至)が刻まれています。
 下部の碑文によって、この坂を利用する念仏行者たちが悪路に苦しむ人々を救うため、目黒不動尊や浅草観音に参詣し、通りがかりの人々から報謝を受け、これを資金として行人坂に敷石の道を造り、この成就と往来の安全とを供養祈願したことがわかります。
 施主は西運で元禄16年(1703)の紀年があり、江戸と目黒の社寺を結ぶ重要な参詣路であった行人坂開発の歴史を知るうえに貴重な歴史資料です。
  平成3年3月  目黒区教育委員会」

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<庚申塔など>

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 庚申塔が三基並んでいます。
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 寛文7(1667)年
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 貞享元(1684)年
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 寛文8(1668)年
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○お七の井戸/明王院跡 目黒区下目黒1-8

(説明板)
「八百やの娘お七は、恋こがれた寺小姓吉三あいたさに自宅に放火し、鈴ヶ森で火刑にされた。
 吉三はお七の火刑後僧侶となり、名を西運と改め明王院に入り、目黒不動と浅草観音の間、
 往復十里の道を念仏を唱えつつ隔夜一万日の行をなし遂げた。
 明王院という寺院は、現在の雅叙園東京エントランス付近から庭園に架け1880(明治13)年頃まであった。
 この明王院境内の井戸で西運が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら、
 水垢離をとったことから「お七の井戸」と言い伝えられている。
  ホテル雅叙園東京」

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※吉祥寺(文京区駒込)に「お七吉左比 翼塚」があります。→こちら
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