地蔵堂(火あぶり地蔵尊)

○地蔵堂(火あぶり地蔵尊) 草加市瀬崎2-1

 旧四号国道(県道足立・越谷線)吉町交差点に「火あぶり地蔵尊」はあります。
 昔このあたりに刑場があったといいます。
 千住の掃部宿に母親と一人の娘が住んでいました。奉公に出ていた娘に母危篤の知らせがきて暇を願い出るも許されず、母に会いたさに火をつけて火あぶりの刑となります。村人が供養のために地蔵を祀ったといわれています。

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<火あぶり地蔵尊/地蔵尊>

 刻銘のない「火あぶり地蔵尊」と、右手の安永5(1776)年銘の地蔵尊。

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<地蔵堂縁起>

(碑文)
「武州足立郡谷古田領瀬崎村地蔵堂縁起
当、地蔵尊は、伝説によれば昔、千住掃部宿の孝行娘が瀬崎の大尽の家で奉公をしていた。ところが、母親の大病を知っても帰宅を許されず、思い悩みその家に放火、その罪で火焙りの刑となった。村人は娘を哀れみ地蔵堂を建立し供養したと言う。しかし、これを裏付る資料はなく史実は不明である。
 なお、江戸後半の文化三年(一八○六)に完成し「日光道中分限延絵図」に、この地蔵堂が描かれている。それに、ここの石仏には、明和元年(一七六四)の供養塔・安永五年(一七七六)の光背村地蔵尊・弘化五年(一八四八)に近隣十四ヶ村の信徒によって造立された馬頭観音が有るが本尊には刻銘は無い。ところで、この地蔵尊は北方から邪神が当村に入るのを防ぐ境神でもある。
  文責 浅古倉政
 尚、当堂は、昭和七年より始まった旧国道の拡幅と、今般の新県道用地で二度移動した。
  平成十二年五月吉日
   瀬崎町 並木宗雄建之」

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<馬頭観音>

 お堂の左手にある、弘化5(1848)年銘の馬頭観音です。

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香取神社(几号水準点)

○香取神社(几号水準点) 越谷市大沢3-13-38 HP

 中世はこの辺りは下総国に属していたことから、下総国一宮香取神社を村の鎮守として勧請し、鷺後の地に社殿が建立されましたが、後に奥州街道の整備に伴い、寛永の頃(1624〜44年)に今の地に移築したといわれています。
 現在の本殿は、棟札によると慶応2(1866)年に再建されたものです。その本殿の北面に紺屋の作業の模様が彫刻されています。浅草山谷町の彫刻師長谷川竹次郎の作であり、市指定文化財です。
 天満宮から移設された二之鳥居に、几号水準点が刻まれています。

 一之鳥居(昭和60(1985)年)。扁額「香取大神」。
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<几号水準点>
 参道入口から2つ目の扁額「天満宮」の掲げられた「二之鳥居」の左台石、本殿側に几号水準点が刻まれています。
 照光院の境内にあった天満宮が、明治44(1911)年に香取神社に合祀され、扁額「天満宮」を掲げる鳥居が大正2(1913)年に香取神社に移設されたものです。

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 右柱裏に、文政6(1823)年の紀年が刻まれています。
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 左柱裏に、大正2(1913)年に移転されたことが刻まれています。
 「大正二年一月一日 東京市日本橋區新□□町
    移轉寄附 吉岡伊三郎」
 ※□□部分は剥落しています。新材木町か新乗物町かと思われます。
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<手水鉢>
 天和2(1682)年12月に天満宮に奉納された手水鉢です。

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「富士三十六景 武蔵越かや在」(広重 国立国会図書館蔵)
 越谷の大沢町付近から元荒川超しに富士が描かれています。
 桃の花が咲き、菜の花が咲いています。

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「日光道中四 越谷」(広重 足立区郷土博物館蔵)
 「日光道中」は32枚(2枚1組)の浮世絵で、千住から鉢石までの21宿と日本橋、野沢の日光道中23枚、神橋から御宮までの日光山9枚があります。「越谷」からです。

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<社号標>
 社号標「香取神社」。

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「武蔵野国越谷郷大沢鎮座 香取神社 境内マップ」

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<狛犬>
 宝暦元(1751)年、奉納の狛犬。

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<敷石供養塔>
 文化8(1811)年銘の敷石供養塔で道標を兼ねています。
 (正面) 「敷石供羪塔」
 (同右上)「従是二之鳥居迄」
 ※現在の二之鳥居は大正2(1913)年の移転であり、現在の三之鳥居を示していると考えられます。

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<狛犬>
 安永9(1780)年の狛犬です。
 台座に「國土安全」「天下泰平」。

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<石燈籠>
 文化8(1811)年、奉納の石燈籠。

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<三之鳥居>

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<御神燈>

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<狛犬石燈籠>
 文政2(1819)年、奉納の獅子が背負う石燈籠。

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<諸碑>

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<手水舎>
 寛政3(1791)年銘の手水鉢。

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<力石など>

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 安産の石
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 厄玉
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 歯固めの石
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<顔はめパネル>

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<狛犬>
 拝殿前の安永9(1780)年之狛犬。

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<拝殿>

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(説明板)
「大沢総鎮守 香取神社
(略)
 神社沿革
 大沢香取神社は、約六百年前室町時代後期の応永年間(一三九四〜一四二七)に下総国一の宮(千葉県佐原市)香取神官の御祭神・経津主大神を御分霊し、香取大明神として太沢村鷺後に一村の鎮守として勧請連立された。奥州街埴(後の日光街道)の整備により武州大沢宿ができたのに伴い、寛永のころ(一六二四?四四)鷺後から現在の大沢の地に移した。
現在の本殿は明治元年に再建されたものであり本殿周囲の彫刻は見事である。また本殿の屋根は昭和六十年に修復された。
 主祭神・経津主大神は天照大御神の神勅を奉じて出雲の国譲りの大業を成し遂げられ、また東国開拓を完遂し、平和国家の建設と民生の安定福祉に貢献された神で、以来国家鎮護の神、武勇の神、産業開発の神として崇められている。時代の推移とともに五穀豊穣及び日常生活に関する一切のことをお護りになる神として招福除災の御神徳が信仰されている。
(略)」

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<本殿(香取神社の彫刻)> 越谷市文化財

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(説明板)
「越谷市指定 有形文化財 彫刻
 香取神社の彫刻
 昭和五十八年三月二十一日指定
 大沢香取神社本殿は、明治元年(一八六八)十二月の再建になるものだが、四面の外壁に彫刻がほどこされた奥殿は、その棟札から慶応二年(一八六六)の建造であることが確認できる。
 彫物師は、浅草山谷町長谷川竹次良で、高砂の翁、大黒天、龍などの浮き彫りがそれぞれ奉納者の名とともに刻まれている。ことに北面の一部には、紺屋の労働作業の有様が刻まれており、貴重な民俗資料ともなっている。当時、越ケ谷・大沢は商業都市として、とくに紺屋業が盛んであった。
  平成十二年三月 越谷市教育委員会 香取神社」

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 北面下段には、川で布を洗い、竹竿にかけて干したりと「紺屋」の労働作業が彫刻されています。かつて越谷・大沢は染屋業が盛んでした。

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<御神木>
 銀杏の御神木です。

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<八坂神社>

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<稲荷神社>
 周囲には多くの石祠や石造物が置かれています。

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慈尊院(草加市最古の庚申板碑)

○慈尊院 草加市稲荷4-3-23

 草加市内では一番古い庚申板碑があります。

<庚申板碑> 草加市文化財
 板碑型庚申塔が三基並んでいます。左から、寛永13(1636)年銘、正保4(1647)年銘、承応元(1652)年銘と並んでいます。

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(説明板)
「昭和五十六年一月三十一日指定 市指定有形文化財(歴史資料)
 寛永十三年山王二十一仏庚申塔
  草加市稲荷四丁目三番二十三号 慈尊院
 庚申信仰は、六十日ごとに訪れる庚申の日に、夜眠らずに過ごすことにより、健康長寿を願うものである。
 この信仰は、道教から発したといわれており、人の身中に宿る三尸九虫が、庚申の日に天に昇り、天帝に人の罪過を告げ、その人の生命を縮めようとするため、これを防ごうと夜を眠らずに過ごすというものである。庚申信仰は平安時代から始まったといわれるが、庚申塔の造立は室町時代から始まり、江戸時代になり盛んになった。
 慈尊院にある山王二十一仏庚申塔は、高さ一・〇九メートル、幅〇・三九メートル、厚さ〇・二メートルの板碑型である。中央最上部にキリーク(阿弥陀如来)の種子、その下には山王二十一仏の種子が記されている。庚申塔中央部には「奉果庚申待二世成就攸」とあり、また、その左右には 「寛永十三年丙子十一月吉日敬白」(寛永十三年は一六三六年)と年紀が記され、さらにその下方左右には、四行にわたり講中八人の名が連記されている。
 山王二十一仏の庚申塔は、草加市内に二例あるが、この庚申塔は、中世の山王二十一仏庚申板碑の系統をひくものであって、草加市内で最も古く、また山王二十一仏庚申塔としては、隣接市区を通じて最初に造立されたものであり、近世の庶民信仰を知るうえで貴重な資料であるといえる。
  平成二十二年三月  草加市教育委員会」

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<真言宗豊山派 慈尊院>

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<地蔵堂>

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<十二天中水天(水神)碑>

「此の石碑は、明治四十四年東京都よりの糞尿運搬船の船主八名の発起により、その航路の水難防災を祈念して船頭各位の浄財を以て、古川河畔稲荷町六五〇番地先に建立されていたが、都市計画の道路拡張工事の為、草加市の要請により、当院境内に移転奉祀せるものである。清瀧山慈尊院」(説明板抜粋)

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<清瀧大権現>

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(説明板)
「清瀧大権現堂再建の沿革
抑々、清瀧山慈尊院は永録八年(西暦一五六五年)開基秀長と伝承される寺歴四世紀半を有する古刹にて、当時より清瀧山と号するは、清瀧大権現を祭祀するが為也 其の、清瀧大権現は、古来より秘仏として、本堂の一隅に奉祀せられしを、昭和十一年、当院前住職麦倉宗隆僧都は浅井松之助、浅井三五郎、深井甚五郎、浅井専太郎の四名と相諮り壇徒より勧募し、鶴ヶ曽根一九一、棟梁斎藤弥平に命じ、此の地に堂宇を建立せしが、長年の風雨並に虫害により、倒壊の寸前に至りし為、昭和五十八年五月時恰も弘法大使一一五〇年の御遠忌に当り記念事業として慈尊院建徳妙艶大姉一周忌成三大菩提の為に当院檀徒総代草加市議会議員、浅井満夫は志を立て棟梁浅井長治に命じ、清瀧大権現堂の再建並に他畔石垣の整備を行いたるものなり。
 昭和六十三年五月当慈尊院七回忌刻此銘板
  清龍山慈尊院
   第丗世住職権大僧正 麦倉敏夫
   施主檀徒総代    浅井満夫」

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<六地蔵/石塔>

 門扉手前右側に六地蔵、その左右に石塔。
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 左脇は、天保13(1842)年銘の普門品供養塔(左)と、天明2(1782)年銘の大乗妙典供養塔(右)。
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 右脇は、寛政12(1800)年銘の庚申塔(左)と、天保6(1835)年銘の庚申塔(右)。
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<無縁塔/力石>

 無縁塔に力石があります。

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<本堂など>

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tag : 庚申板碑力石

備後香取神社 富士塚

○備後香取神社 春日部市備後東1-27-17

 「備後の丸彫庚申塔」に隣接して「備後香取神社」があるので寄りました。

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<由緒>

「備後香取神社 由緒略記
■御祭神
 経津主神  (香取さま)
 宇迦之御魂神(稲荷さま)
■祭礼日
 例大祭   四月十五日
 お日待   十月十五日
 新穀感謝祭 十二月八日
■由緒
 当社の鎮座する備後は、春日部市の南部に位置し、東端には古利根川が流れその自然堤防が広がっている。また、この周辺は西川と呼ばれているが、これは江戸期まで、当社の裏を古利根川が流れていたことに由来する。
 創建は、文明年間(一四六九〜八七)との言い伝えがある。往古、当時上中下三組の鎮守であったが、明和年間(一七六九〜七二)に下組は雷電社を奉祀して分離する。また【風土記稿】に「香取社 村の鎮守 真福寺持」と記され、江戸期には隣接する真福寺が別当を務めていたことがわかる。その後、明治四十五年に、大字備後字大道東の稲荷神社を合祀し現在に至る。
 御祭神の香取さまは、強い心を育み運勢を開く神さまで、地域の方々の家内安全を守り、また稲荷さまは、豊作・商売繁盛の神さまとして厚い崇敬をうけています。
  平成三十年二月吉日  香取神社氏子中」

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<手水鉢>

 安永7(1778)年に奉納の手水鉢です。

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<拝殿/本殿>

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<厳島神社>

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○富士塚

 丸岩講は岩槻を本拠とする富士講です。春日部は岩槻に接しており、春日部には富士塚が多いようです。その半面、越谷市、草加市、足立区に多い出羽三山供養塔がほとんどないようです(わかりませんが)。

<浅間神社>

 富士塚は2段になっています。塚上に浅間神社の社殿があります。

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「神通力」
 昭和3(1928)年建碑。関東大震災について言及しています。

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「浅間大神」

 奥の塚上に石碑「浅間大神」が祀られています。

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 安政4(1857)年銘の丸岩講の石碑「浅間大神」です。
 (正面)「浅間大神」
 (台座)「○岩講中」
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 (裏面)「安政四丁年己六月朔日」
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<標柱/力石>

 鳥居の脇に、丸岩講の標柱と力石二基が置かれています。

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 一基は文字が明瞭です。
 「奉納
  文化七年八月吉日
  五拾八メ目
  志村与四郎」
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 香取神社入口にも力石があります。

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tag : 富士塚力石春日部

備後の丸彫庚申塔

○備後の丸彫庚申塔 春日部市文化財 春日部市備後東1-23

 「備後香取神社」に隣接して、享保13(1728)年造立の丸彫庚申塔(春日部市文化財)があります。

(案内板)
 イラスト入りの案内板が掲げられています。

 「春日部市指定文化財
  備後の
  ←丸彫庚申塔」

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 駐車場の一角にあります。
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(掲示)
 「春日部市指定有形文化財
  備後丸彫り庚申塔」

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(説明板)
「備後の丸彫庚申塔
 庚申塔は、庚申信仰を背景として造立された石塔のことを言います。庚申信仰は、奈良時代に中国の道教の三尸の説が日本に伝わったことから始まりました。三尸の説とは、十干十二支でいう庚申(かのえさる)の日、人が寝ている間に、人間の体内に住む三尸の虫が体から抜け出して天帝にその人の罪を告げ、早死にさせるというものです。三尸の虫は人が起きている間は体外に出ることができないため、人は庚申の日には徹夜をするようになり、講(庚申様をお祀りする集団)などを作って行事をおこなうようになりました。
 庚申塔は、こうした行事などを記念として室町時代頃から盛んに造られました。この丸彫庚申塔は、享保十三年(一七二八)、備後香取神社の近くの辻(村の境)に備後村の人々の手によって建てられたものです。庚申塔は村境に祀られ、悪病を防ぐ御利益があります。丸彫りされた青面金剛は、六臂で剣、戟、宝輪、弓、矢、女人像を持ち、日月、雲、邪気、鶏、三猿が彫り込まれていま
す。少々あどけなさが残る顔にふっくらとした腕をしており、青面金剛の持つ恐ろしいイメージはありません。市内でも江戸時代を通じて二百数十基余りの庚申塔が建てられましたが、このように丸彫りのものは全国的にも非常に少ない貴重なものです。
  昭和六十一年 市指定有形文化財  春日部市教育委員会」

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<丸彫庚申塔>

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 邪鬼
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 三猿
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 台座
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 台座左側面に紀年
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 庚申塔の後ろ姿
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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

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