蓮華寺(出羽三山供養塔)

○蓮華寺 江戸川区江戸川6-4-11

 海照山普門院蓮華寺と号します。

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(説明板)
「蓮華寺
 新義真言宗で海照山普門院と号し、本尊は聖観世音菩薩で行基の作といわれています。
 寺伝によると、むかしこの地に観音堂があって村人の信仰を集めていました。永享十年(一四三八)に、栄源法印が不動明王を背負って遍歴したのち、永住するようになったので、人々が協力してお堂を建て、蓮華寺と称したのが始まりといわれています。
 建物は安政二年(一八五五)の地震、大正六年の津波や関東大震災で全壊の厄災にあいましたが、昭和四十七年に鉄筋建築の現在の本堂が完成しました。
■虫除不動
 本堂に、不動明王立像が安置されています。昔から「虫除不動」といわれて、子供癇の虫に霊験があらたかであるとして、広く人々に信仰されました。
  平成十五年三月 江戸川区教育委員会」

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<石造物群>

 石柱門手前右手に、石造物群が並んでいます。

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<札所碑>

 正面 「四國第十一番藤井寺寫」
 右側面「西国第十六番清水寺寫蓮華寺」

 どちらも現在は確認されていない弘法大師霊場と観音霊場のようです。興教大師六百五拾遠忌之願で、寛政4(1792)年の造立です。

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<庚申塔>

 紀年等は確認できず。

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<出羽三山供養塔>

 大日如来像の出羽三山供養塔です。戒名が多く刻まれているので墓石も兼ねているのでしょう。

 「月山 湯殿山 羽黒山」
 「善光寺 西國 坂東 秩父」

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 台石に延享5 (1748)年の紀年が刻まれています。
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<護國英霊供養塔>

 参道右手に「護國英霊供養塔」があります。

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<弘法大師像>

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<六地蔵>

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<三界萬霊供養塔>

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<本堂>

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tag : 塩の道出羽三山

勝曼寺(出羽三山供養塔)

○勝曼寺 江戸川区新堀1-9-12

 将軍鷹狩の時には勝曼寺は御膳所として利用されました。山門から本堂への参道の両脇に松が植わっていますが、かつては山門までにも松並木参道が続いていました。

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(説明板)
「勝曼寺
 勝曼寺は真言宗豊山派で、九品山山王院と号します。約四百年ほど前、奥州相馬庄大勝寺の住僧善誉房専芸和尚がこの地に来住し、薮崎隼人、山崎甚太郎らの協力を得て、この寺を建てたといわれています。
 元禄の頃(一六八八?一七○四)秀翁和尚によって中興され、将軍鷹狩りのときに何度か御膳所にあてられました。
■木造阿弥陀如来立像
   昭和五十七年(一九八二)二月登録
   区登録有形文化財・彫刻
 信徒達が、勝曼寺を開いた専芸和尚の菩提を弔うために寄進したと、胎内文書にあります。像高約三五センチ、寄木造りですが、顔と胸部は一材から彫りだされています。江戸時代初期の作と推定されます。
  平成十四年十二月  江戸川区教育委員会」

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「葛西筋御場絵図 江戸御場絵図」(文化2(1805)年 国立公文書館蔵)

 「江戸御場絵図」は、幕府の御鷹場の地図で、6つの鷹場(葛西筋・岩淵筋・戸田筋・中野筋・六郷筋)が記載されています。
 「葛西筋御場絵図」に、「新堀」「御膳所」「勝曼寺」の記載が見えます。

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<出羽三山供養塔>

 参道右手に二基の宝篋印塔が建っています。

 手前の宝篋印塔は延享4(1747)年3月の建立。

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 奥の宝篋印塔は、珍しい宝篋印塔型の出羽三山等供養塔となっています。

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 昭和59(1984)年に改修されており、台座の一部が新しくなっています。
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 「羽黒山 月山 湯殿山 供養塔
  天下泰平 家内安全 諸願成就 
  四國 西國 秩父 坂東 奉順拝百八十八ヶ所」

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 明治9(1876)年3月の建立です。明治時代の建碑なので、出羽三山は羽黒山が先頭に刻まれています。
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<修行大師像>

 二基の宝篋印塔の間にある「修行大師像」です。

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<庚申塔等>

 石仏が五基並んでいます。

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 左から「弥陀如来像」
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 「地蔵尊像」
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 「庚申塔」
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 「聖観音像 寛文9(1669)年」
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 「庚申塔 元禄10(1697)年」と並んでいます。
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<地蔵堂>

 三基の地蔵像のうち、右にとろけ地蔵が座しています。

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<手水舎>

 「この水飲めません」とあるので、地下水でしょう。析出物で白くなっています。

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<水子地蔵尊>

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<本堂>

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tag : 出羽三山

善照寺(出羽三山供養塔)

○善照寺 江戸川区東小松川3-3-19

<山門>

 山門の門は閉じているので、脇の扉から入ります。駐車場から入ると、本堂の脇に出ます。

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 善照寺には、江戸川区で最初の公立小学校「葛西学校」が開校されました。

(説明板)
「善照寺
 真言宗豊山派に属し、医王山薬王院と号します。本尊は大日如来です。起立の年月は不詳ですが、開山は隆範上人(大永二年(一五二二)入寂)を中興の祖とします。慶安元年(一六四八)に徳川家光六石の御朱印地を受けた名刹で、古くから浮洲浅間神社の別当をつとめました。所蔵する銅碑墓版は文政十年(一八二七)に地中から発見され、「成田参詣記」などにも記されています。
 また元禄十二年(一六九九)に横綱明石志賀之助が境内で引退相撲をおこなったことをきっかけとし、毎年不動尊の縁日には草相撲が開催されていたことから、通称「相撲寺」とも呼ばれています。
■旧葛西学校跡
   江戸川区登史跡
   昭和六十二年(一九八七)二月登録
 江戸川区最初の公立小学校「葛西学校」は、明治九年(一八七六)十月に、善照寺を教場として開校しました。校舎を新築し移転する明治十四年(一八八一)一月まで理容されました。
  令和五年三月  江戸川区教育委員会」

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【無縁塔群】
 山門入って参道右手に無縁塔の他、様々な石造物があります。出羽三山供養塔二基と、庚申塔二基を見ます。

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<出羽三山供養塔>

 「月山 湯殿山 羽黒山 奉造立観世音百・・・」
 出羽三山の下部がよく見えませんが百観音霊場の供養塔のようです。

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 裏面を見ると、弘化2(1845)年11月の造立です。
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<出羽三山等供養塔>

 「高野山」「月山 湯殿山 羽黒山」「坂東 西國 秩父」と刻まれた大きな塔です。
 紀年は見当たりませんが、出羽三山の記載順が明治時代から変わるので、江戸時代の造立と思われます。

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<青面金剛像庚申塔>

 視認できませんが、宝永8(1711)年銘の庚申塔です。

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<地蔵菩薩像庚申塔>

 左肩に寛文12(1672)年銘(石碑の左が欠け、寛の文字は欠けています)の地蔵尊を主尊とする庚申塔です。
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 右肩に「庚申待供養」とあります。
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<六地蔵と八観音>

 山門入って参道左手に六地蔵と八観音が並んでいます。

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 八観音のうち左から4番目に馬頭観音があります(逆光となりました)。
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<南無観世音菩薩>

 無縁塔群の隣にあります。

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<大師堂>

 参道右手の大師堂です。

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<宝篋印塔>

 大師堂の左に、石燈籠二基と「宝篋印塔」があります。
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 石燈籠は、その銘「奉為高祖九百五十遠忌報恩謝徳也」によると、天明4(1784)年の弘法大師九百五十年遠忌に建てらています。
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<八幡堂>

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<不動堂>

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<閣老王殿>

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<日露戦役忠死者之塔>

 閣老王殿の奥に、日露戦役の慰霊塔があります。

 (正面)
  「日露戦役忠死者之塔」
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 (台座)
  「明治三十九年五月 松江村兵事義會」
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<報徳紀念碑>

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<手水鉢>

 参道左手の寛政9(1797)年銘の手水鉢です。

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<鐘楼>

 梵鐘は昭和36(1961)年に改鋳されたものです。

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<力石>

 力を要する米俵の運搬や農作業の多かった江戸川区内には、東京都内で最多の力石があります(江戸川区郷土資料室)。
 善照寺の植栽の境石に力石等が多く使われています。

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<南無大師遍照金剛>

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<本堂>

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<當庵開基 賢明上人>

 當庵開基とありますが、どこの開基の賢明上人なのかわかりません。

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tag : 出羽三山力石戦役紀念碑

安養寺(富士塚 出羽三山)

○安養寺 江戸川区平井6-53-1

 寺院には珍しい富士塚(江戸川区文化財)のある寺です。
 富士塚の麓に「出羽三山等礼拝紀念碑」があります。近づけないので詳細不詳。

<説明板>
 弁天通りに面して江戸川区教育委員会の説明板があります。

(説明板)
「安養寺
 真言宗豊山派で、清瀧山安全院と号し、開山は源理法印といわれています。本尊には阿弥陀如来立像を祀っています。門前には遍照講の建立した弘法大師と肉太で刻まれた石柱がたち、門を入って左手の小堀をめぐらした中に弁天堂があります。上野不忍池のほとりに住んでいたある商人の夢枕に弁天様が現れ、平井の地に弁財天を祀るようにとのお告げによって、明治一七・八年頃に建立されたものです。終戦後からこの弁財天に息災を祈願して、多数の檀信徒が集まり、大般若経六百巻の転読と、節分護摩豆まき会をおこなっています。山門は安永七年(一七七八)、円覚上人の代に建立されました。
□富士塚 (江戸川区登録有形文化財・歴史資料)
 この富士塚は、明治一七年頃、境内の弁天池を拡張したときの土を盛りあげて築いたと伝えられています。昭和三五年頃まで、毎年七月一日の山開きに白い装束の富士講中の人々が参拝していました。
 高さ五メートルの頂上にある石祠(浅間神社)は、「□□十三庚寅六月吉日、氏子中」と刻まれているもので、文政十三年(一八三○)の造立と推定されます。また、頂上南側の鐘撞き堂は、もと山の脇にありましたが、昭和四二年に、現在地に移築しました。
 昭和六○年には、塚の一部を改造して、弘法大師の石造を納めています。
  平成元年三月  江戸川区教育委員会」

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<参道>
 弁天通りに面して参道入口があります。

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<六地蔵/弁天池・弁天堂>
 参道左に六地蔵と弁天池、弁天堂があります。

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<庚申燈など>
 参道右に庚申塔・石仏や祠が並びます。
 正徳5(1715)年の笠付庚申塔があり、六臂青面金剛像と邪鬼、三猿。
 山門右に無縁塔。

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<山門>
 山門から先の境内は、幼稚園と一体化しており近づけません。

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<富士塚/出羽三山等礼拝紀念碑>
 境内は幼稚園と一体化しており、事故防止のためでしょう、富士塚と弁天池は柵に囲まれて入れません。
 説明板によると、頂上には、文政13(1830)年に造立の石祠(浅間神社)が祀られているとのことです。

 出羽三山等の礼拝紀念碑が富士塚の麓に建っています。
 「礼拝紀念 羽黒山 月山 湯殿山 西国 秩父 坂東」の文字が見えます。
 下部は植栽で見えません。

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tag : 出羽三山富士塚平井

四つ股の石造四面道標(江戸川区文化財)

○出羽三山等礼拝供養塔 江戸川区松島1丁目個人邸宅庭内

 江戸川区ホームページに「四股の供養塔石造道標」記載が以下にあり、出羽三山等礼拝供養塔があるようです。
 松島1丁目の記載と個人邸宅庭内の情報では、目的物にたどりつけませんでした。

「四股の供養塔石造道標
 元佐倉道(現千葉街道)とならぶ幹線道路に行徳道がありました。旧中川の平井の渡しから東南に進むとやがて元佐倉道と交差し、今井の渡しに至ります。
 その元佐倉道と行徳道の交差するあたりを四股とよんでいました。ここに2基の道標があってこれはその1基です。文化2年(1805)に建立された四方向を示す道標です。その四方向は、行徳、両国、浅草、市川でした。
 旧位置の四股が荒川の開削によって失われたのに際して、現在の松島1丁目の邸宅庭内に移設されました。弘化2年(1845)に建立された出羽三山ほかの拝礼供養塔で、側面に「向て右リ両国、左リ市川道」、背面に「向て右リ行徳。左リ浅草道」と刻まれています。
 ・江戸川区登録有形文化財・歴史資料
 ・松島1丁目
 ・昭和58年3月15日 告示」
 (こちらより引用


○四つ股の石造四面道標 江戸川区西小松町

 佐倉道と行徳道の交差する四股にあったという2基の道標
 ・弘化2年(1845)に建立された出羽三山ほかの拝礼供養塔。
  側面「向て右リ両国、左リ市川道」、背面「向て右リ行徳。左リ浅草道」。
 ・文化2年(1805)に建立された四方向(行徳、両国、浅草、市川)を示す道標。

 四つ股の石造四面道標も個人宅庭内に移設されていますが、天粗神社参道脇に説明板が設置され、道標は個人宅内ですがこちらは公開されています。

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(説明板)
「四つ股の石造四面道標
  江戸川区登録有形文化財(歴史資料)
  昭和五十八年三月十五日登録
 四つ股とは、旧行徳道と旧千葉街道の交差点で、現在の小松川橋の少し上流にありました。この道標は、文化二年(一八○五)、四股に建立されました。大正二年の荒川開さくにより、現地保存が不可能になったため、現在の秋元家庭内に移転しました。
 高さは台座から七九センチメートルと小形で、四面に次の四方向を示す銘文が刻まれています。
「大山石尊大権現  北向キ 市川道
 秩父三峰山大権現 北向キ 浅草道
 讃州金毘羅大権現 北向キ 行徳道
 遠州秋葉山大権現 北向キ 両国道」
  平成二十五年三月 修繕  江戸川区教育委員会」

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<四つ股の石造四面道標>

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○天祖神社 江戸川区西小松川町1-3

 四股の道標を見学後、天祖神社に参拝。

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<天祖神社の由来>

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<稲荷神社>

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<疱瘡神社>

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tag : 出羽三山

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