雷神社

○雷神社 足立区西新井2-27-1

 七曲がりの雷神社前交差点に、雷(いかづち)神社はあります。

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<来歴>

(掲示)
「雷神社故事来歴
 由緒
一 江戸時代の中期正徳三年(一七一三年)この地方は度び重なる落雷に襲われ田畑は荒れ果て草木は枯れて荒地と化し旱魃は続いて享保の飢饉となって長い歳月は流れていった
一 徳川八代将軍吉宗の復興を奨励する享保の改革もあって新田の開発も行われ治水も進むなかで村人達は寄り合い協議の上 雷なりの大神を建立し氏神様として祀り神社の境内中央に御神木として椎の木(スダジイ)を植樹し郷人達の安泰五穀豊穣を祈願したと伝えられる
一 建立した当神社の御神体は石造坐像で碑高一尺二寸碑巾八寸五分あって当神社に安置されている座像の台座には享保一八年(一七三三年)丑の九月吉日西新井村中と銘刻されてある御神体 建立は今から二百六十年前のことである
一 大正四年卯の四月大正天皇の即位を記念して神社の改築及び整地を行ない 数十本の植樹をして奉納した
一 昭和五年(一九三十年)現在の社殿を木造流れ造りに造営する
一 平成四年(一九九二年)有志により雷神社玉垣奉賛会を結成し神社聖域の玉垣を建立し併せて狛犬一対の献納をして現在に至っている
  平成五年九月吉日 碑文建之」

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<保存樹木 すだじい>

 社殿左手前に「すだじい」があります。

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下戸諏訪神社

○下戸諏訪神社 足立区西新井4-35-1

 伊興村字諏訪(下戸地区)の鎮守として祀られてきたといいます。昭和37(1962)年に放火で焼失したため、ピンク色の社殿が再建されています。 「諏訪神社新築記念碑」が建てられています。

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<手水鉢>

 天保14(1843)年銘の手水鉢です。

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<富士講碑>

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 「丸瀧講碑」
  大正2年。
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 「富士山登山碑」
  大正10年及び12年登山
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 「丸瀧講碑」
  大正9年
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<三峯神社>

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源正寺 (荒綾霊場2番)

○源正寺 足立区伊興2-2-35

 七曲がりから西へ源正寺に向かいます。
 無量山源正寺と号します。 「いこう七福神」(HP)の「恵比寿天」です。
 荒綾八十八ヶ所霊場第2番札所です。

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<札所碑>

 参道入口右手に「荒綾八十八ヶ所霊場」の札所碑があります。
 左側面に大正15(1926)年の紀年があります。

 (正面)
  「字伊興村
   荒綾八十八ヶ所第二番 源正寺
   是ヨリ 徳寿院へ」(距離が示されているはずですが埋まっています)
   徳寿院(足立区栗原)は第16番札所です。

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<堂宇の石仏四基>

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 後列一番右に庚申塔の台石と思われるものがあります。

 (正面)「庚申講中二十九人」 
 (右側面)宝暦2(1752)年の紀年が刻まれています。

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<六地蔵>

 参道左手の六地蔵です。昭和57(1982)年の寄付。


<参道>

 昭和44(1969)年の改修です。

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<愛蓮妙地蔵>

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<本堂>

 参道を直角に曲がって、本堂です。

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<石仏たち>

 風車を伴った石仏たちが多くおられます。

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<井戸>

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七曲がり (伊興・西新井・栗原)

【七曲がり】  足立区伊興〜栗原・西新井

 赤山街道の伊興町前沼交差点から環七通りの西新井大師前交差点まで「七曲がり」が続きます(足立区伊興4-1〜足立区栗原3-10)。

<七曲がり起点>

 七曲がりの起点の電柱には「七曲がり 伊興4-1」とあり、さらに下には「七曲がり」の表示。「この道路愛称名は公募によって選ばれました 足立区 28.1」とあります。

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○伊興町前沼交差点

 「七曲がり」の始点には、千住堀に観音橋が架かり(こちらで記載)、橋の南側に馬頭観音像が祀られていました。この馬頭観音は現在は実相院に移されています(こちらで記載)。観音堂(子育て観音)に行く際の道しるべとなっていました。

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○カーブミラー1 足立区伊興4-7-33

 右手のコンビニの角から「大師道」が合流してきます。寄り道して大師道にある庚申塔道標を見に行きます。

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○大師道の庚申塔道標 足立区伊興4-6-12

<庚申塔>

 弘法大師道の道標を兼ねた元禄5(1692)年銘の庚申塔です。
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 (台石)「弘法大師道」
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<道標>

 明治18(1885)年銘の丸柱の道標です。

 (正面) 「明治十八乙酉年〜」
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 (左側面)「西新井大師江十四丁」
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 (右側面)「東乃方 竹の塚江 十二丁
           千住江 一里半」
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 (裏中央)「〜供養塔」
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 (裏左下)「草加 一里半」
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 先に進みます。赤山街道に突き当ります。

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 さらに進むと、左手に応現寺があります(こちらで記載)。引き返します。

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 ※この先にある谷塚の宝持院には、「六阿弥陀道」の庚申塔道標があるので(こちらで記載)、大師道は六阿弥陀道も兼ねていたようです。

<七曲がりに戻り進みます>

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○六万部経塚(題目塚) 足立区伊興3-23

 七曲がりを進んでいくと左手に、宝永2(1705)年銘の六万部経塚(題目塚)碑があります。左には、平成3(1991)年に塚が整備された時に建てられた「南無妙法蓮華経」と刻まれた宝塔が建っています。

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(説明板)
「六万部経塚(題目塚)
 六万部とは法華経二十八品を繰り返し六万回にわたって唱える意味で「六万部経塚」の名の由来もここにある。
 寿福山長勝寺の第一世智性院日座聖人は千七百五年(宝永二年)国土の平和と、皇室の行く末の平安とこの土地の住民並びに檀信徒の末長き幸せを祈願し小石に題目を書写してこの土地に埋めたとされる。日座聖人と聖人が始めた題目講の信徒は、昼夜の別なく法華経を読誦しその法聲は周囲に響き渡って、多くのものの信仰を集めることになったという。以来土地の者は、この地を「六万部」と称し、諸願の達成を願うところとなった。
 古くからある塚碑には、「宝永二年霜月十三日立」とある。平成三年長勝寺第四十二世・慈海院日和上人の時代にこの経塚を整備再建し「南無妙法蓮華経」の題目を書写した法塔が建立されることとなり、改めて世界平和、国土安穏、法華経弘通、参詣者の諸縁吉祥心願満足が祈念された。
 「南無妙法蓮華経」とは、天地一切を貫く「真理」であり、万物の母なるものである。この前に一切の宗派なく、われも他人もともに絶対平等の命を現すことができる。
 この法塔功徳が万人に至ることを祈るものである。
 この一大事業が成し得たことは母なる妙法と父なる釈尊の加護と感謝し、またこの再建に助力を寄せた多くの方々に厚く御礼の意を表しその名を法塔の基盤に永く記すものである。
  平成三年十月十三日  壽福寺長勝寺第四十二世 飯島玄明 記」

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○都道補助第261号線掲示 足立区伊興4-13-1

 都道の新設工事の掲示です。

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○千葉次郎勝胤墓入口 足立区伊興3-23-24(標柱)、伊興3-23-20(案内板)

 墓は移転していますが、墓の跡が旧史跡として残されています。 七曲がりに面して、案内板「足立区登録有形文化財 千葉次郎勝胤の墓」跡入口」と、標柱「千葉次郎勝胤墓入口」「昭和五拾年九月 足立區」があります。

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 細い路地を奥に進み突き当りを右に曲がると「千葉次郎勝胤の墓」跡があります。
 「「千葉次郎勝胤の墓」移転のお知らせ」の掲示があります。

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 墓石が建っていた場所には石碑が設置されています。
 「千葉次郎勝胤公旧史跡
  (由緒が記されています)
    平成二十年三月吉辰  壽福山長勝寺」

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(説明板)
「千葉次郎勝胤の墓
 下総国千葉荘(現在の千葉県)千葉市付近)を本拠地とした武士団千葉氏は、鎌倉幕府の開設にも重要な役割を果たし、中世を通じて房総地方に勢力を誇った。
 十五世紀のなかばに関東で起こった享徳の乱により千葉氏一族は内部分裂し、嫡流は武蔵東南部に拠点を移した。これを武蔵千葉氏という。後に戦国大名小田原北条氏の家臣に組み入れらた。永禄二年(一五五二)に北条氏が、家臣の果たすべき負担を当時の貫高に所領地名を付けて表した「北条氏所領微帳」には、千葉氏は足立周辺で淵江、伊興、保木間、沼田、千住、三俣などを領していたことが記されている。
 千葉勝胤は武蔵千葉氏の系図にはその名は見えず、この墓の造立年月日も不明であるが嫡流あるいは伊興を領有していた一族と思われる。宮城、市原、常田氏等の伊興の旧家の名も銘記されており、中世の武蔵千葉氏の存を伝える貴重な歴史資料である。
  平成六年三月  東京都足立区教育委員会」

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 ※移転先(長勝寺)の墓はこちらで記載


○伊興二・三丁目交差点

 七曲がりは、実相院の前を直角に曲がります。カーブミラー2があります。実相院には道標があります(こちらで記載)。

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○北野神社跡 足立区伊興2-18

 福寿院を過ぎて(福寿院はこちらで記載)、右手に標柱「北野神社境内地」があります。

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 (表)「北野神社境内地」
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 (裏)「昭和四十年四月吉日」
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<道路改修記念碑>

 横にある大きな碑は道路改修記念碑です。
 「道路改修記念碑
    東京府知事宇佐美勝夫書」

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○カーブミラー3 足立区伊興3-23

 2又に分かれる手前に、かつては実相院の大門がありました。

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○カーブミラー4 足立区伊興2-18

 足立伊興二郵便局前のカーブミラー。

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○カーブ標識 足立区伊興2-12

 カーブ標識は、南から北への1つでした。標識まで曲がっています。

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○稲荷神社 足立区伊興3-7-13

 七曲がりに面して、西向きに稲荷神社があります。

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○カーブミラー5 足立区伊興3-7

 コンビニを過ぎ、カーブ手前にカーブミラー。

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○源正寺 足立区伊興2-2-35

 七曲がりから西に入り源正寺に向かいます。(別途記載


○カーブミラー6 足立区西新井3-11

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<電柱誤表示>
 電柱「西新井3-20」に続く電柱は、「伊興3-11」の掲示です。しかし、ここは「西新井3-11」です。

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○道標 足立区伊興1-6-7

 舎人方面と谷塚方面の分岐が示されている道標です。裏面が隣の柱にひっついており読めませんが、正面に御大典とあるので大正か昭和の御大典記念の建立でしょう。

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 (正面)
  「御大典」
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 (左側面)※下が欠損しています。
  「向テ 左 舎人村ヲ経鳩□
      右 西新井村ヲ経テ□」
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 (右側面)※下が欠損しています。
  「向テ 右 谷塚村ヲ経□」
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 道標によると、この先は谷塚に通じていたようです。

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○庚申塔道標 足立区西新井3-10-17

 新調された木祠に、宝暦13(1763)年銘の庚申塔道標が祀られています。

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 青面金剛像(日月、六手合掌、二鶏、邪鬼、三猿)が陽刻されています。

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 (右側面最下部)
  「向左 千住へ 一リ半」
  「向右 草加へ 一リ半」

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○永泉湯 足立区西新井3-10-2

 七曲がりから銭湯の高い煙突が見えます。

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○雷神社 足立区西新井2-27-1

 雷神社前交差点に、雷神社はあります。(別途記載


<環七通りへ>

 栗原立体交差(西口)交差点を越えて、東武大師線をくぐり、環七通りに至ります。

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【南→北】
 前記は七曲がりを北から南へ進みましたが、逆光だったので、南から北へたどった順光の画像をこちらに掲載しています。

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tag : 千葉氏

福寿院/長勝寺(伊興)

伊興の実相院と応現寺で出羽三山碑を確認後、周辺の2寺を廻りました。

○福寿院 足立区伊興2-18-18

 荒綾八十八ヶ所霊場45番札所です。
 境内が幼稚園と一体となっています。

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<地蔵尊道標>

  無縁塔の中に、地蔵尊の道標がありました。
  寛政5(1793)年2月銘です。
  「左 弘法大師 右 (読めず)」
      
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○長勝寺 足立区伊興3-11-19

「長勝寺の開山は智性院日座上人、開基は宮城清左衛門吉重で、元和8年(1622)開創といいます。宮城氏は千葉氏の家臣であったといい、千葉次郎勝胤の菩提を弔うために開基したとも伝わり、千葉氏は妙見菩薩を篤く信仰していたことで有名です。
 妙見菩薩は、北極星を神格化したもので、本像は光背に七星を負い、亀に乗っています。七星は北斗七星、亀は北方を守護する亀の霊獣玄武にちなんでいるとされます。江戸時代に制作された小ぶりの像ですが、全身に彩色が施されており、鮮やかな像となっています。
 なお、長勝寺は、「千葉次郎勝胤の墓」も足立区登録有形文化財となっています。」
(足立区の文化財「木造妙見菩薩坐像」より引用)
    
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<千葉次郎勝胤の墓> 足立区文化財

  境内左手に「千葉次郎勝胤の墓」があり、実名で「千葉次郎勝胤墓」と刻まれています。

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(説明板)
「千葉次郎勝胤公墓
 この墓は古くは伊興村中央の小名横沼の内、長勝寺の免田の傍(現在の伊興三ー二三ー二四)にあったが、周辺環境の変化を考慮し元の場所を旧史跡として遺し、平成十九年末に移霊とともに墓石を境内地に移築したものである。
 当寺は関東檀方・宮城清左衛門吉重が元和八年(一六二二年)に、先祖の主君・勝胤公の菩提を弔うため、領主の千葉氏に願い出てその宅地の一部の割譲を受けて建立し、その後、中山法華経寺より智性院日座上人を迎えて万治二年(一六五九年)に開山した寺である。そのため千葉公の墓は、当寺によって特別の意味を持っているわけであるが、古い時代の事でもあり、勝胤公の没年、死去の事由など歴史的には不明なことも多い。宮城家の古過去帳によれば、勝胤公は永禄七年正月八日に没したとされ、家伝では里見義弘と北条氏康の鴻之台合戦のとき討ち死にしたとされているが、別説もある。勝胤公在世の当時の千葉氏は、従来の勢力から衰退しているとは言え、下総の國(現在の千葉県北部、埼玉県の東辺、東京都の東辺・隅田川の東岸、茨城県南西部にまたがる地)を領した豪族であり、足立区の千住の地名も「千葉氏が住する」から来ているとの説もある。
 また足立区南東部・東淵江地域の北東に位置する佐野は古くは佐野新田と呼ばれ、この地を開拓した佐野新蔵胤信は勝胤の子で、佐野家の養子となり姓を佐野にしたもので、開拓した荒地に自らの姓を取って佐野新田と名付けたと伝えられている。
 更に、この墓は古くから土地の者の信仰を集めており、土地の古老によれば、「お参りすれば虫歯や諸々の病通に効験がある」とされていたと伝えられている。なお、この墓碑は中世の足立区の歴史を物語る上で、数少ない歴史を銘すものとして、足立区文化財に指定されている。」

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