前堰公園(ユーカリとコアラ)

○前堰公園(ユーカリとコアラ) 足立区保木間2-12-6

 前堰公園は、舎人公園通りと北側の旧道に挟まれた、細長い三角地の公園です。「ゆうかり」と書かれたレリーフが刻まれた柵が並び、ユーカリの大木がそびえ、コアラ像がいます。

<ユーカリ>
 ベルモント公園のユーカリより大きな木です。

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<コアラ>
 公園銘板の上にいるコアラ像です。公園の開設は昭和42(1967)年3月とあります。
 足立区とオーストラリアのベルモント市が姉妹都市提携をしたの昭和59(1984)年10月ですから、ユーカリとコアラは公園開設当初のものではないと思われます。

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<煉瓦敷>
 公園内は煉瓦敷となっていますが、ユーカリの根が押し上げて、煉瓦が波打っています。

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<童謡>

 石の座イスには、童謡が紹介されています。オーストラリアとは関係ないので、チグハグな印象を受けます。

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

貝柄山公園 清田松琴句碑 中沢貝塚

○貝柄山公園 鎌ヶ谷市初富本町2-22

 公園に隣接する「下総小金中野牧跡」にちなんだ野馬の親子のブロンズ像が設置されています。
 貝柄山公園は、谷津田を公園として整備したもので、昭和59(1984)年に開園しました。最初貝殻山かと思いましたが、貝柄山という名称は、近くに貝塚があり、昔この周辺が中沢字貝柄山といっていたことによるものです。
 また、市制施行20周年を記念して設置された三体のブロンズ像があります。

<小金中野牧の野馬>

 野馬の親子のブロンズ像です。馬の銅像は実物大です。やはり短足ですね。遊具ではありませんが、馬の背中はテカテカに光っており、こどもたちが乗って遊んでいることが伺えます。

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(プレート文)
「小金中野牧の野馬
 江戸幕府は、軍事上重要な馬を確保するため、直営の牧場をもちました。(以下略)
 この像は、その当時の野馬の姿を参考に制作したものです。
  鎌ケ谷のあゆみ(改定版)より引用」

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<脊椎動物>
 鎌ヶ谷市に居住し制作活動を行った山崎英五作の「脊椎動物」です。

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<いのち>
(プレート文)
「市制施行20周年を記念し、ふるさと創生<緑と水と文化のふれあい事業>の一環として、ここに彫像「いのち」を設置する。
  平成三年三月吉日
  像制作 酒本雅行
  建 立 鎌ヶ谷市」

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<悦び 花を飾りて>
(プレート文)
「市制施行20周年を記念し、ふるさと創生<緑と水と文化のふれあい事業>の一環として、ここに彫像「悦び 花を飾りて」を設置する。
  平成3年8月吉日
    像制作 大須賀力
    建 立 鎌ヶ谷市」

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<公園内>

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 「動物 捨てないで!」、公園では初めて見る掲示です。
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○清田松琴句碑 鎌ケ谷市東中沢2-13

 貝柄山公園の南出入口脇に清田松琴の句碑があります。清田松琴はホトトギス同人のご当地の牛飼の俳人です。

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(表)
 「をりをりに 余花の散りくる 峡田かな 松琴」
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(裏)
 「平成五年十月吉日」
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(台座)
 「鎌ヶ谷市北初富三三四番地
   清田松琴 明治四十四四月生
   ホトトギス同人 伝統俳句協会員
   酪農業経営
   施行㈱真嶋園」
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○中沢貝塚 鎌ケ谷市東中沢2-10

 貝柄山公園に隣接した崖上には、「中沢貝塚」があります。中沢貝塚は、縄文時代後期の貝塚跡です。

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(説明板)
「中沢貝塚
 中沢貝塚は縄文時代後期から晩期(約4000〜3000年前)の遺跡で、市内では最大規模の集落遺跡です。この遺跡は中央が窪地状になっており、その窪地の周囲を土堤状の高まりが巡っています。これはいわゆる環状盛土遺構と考えられ、県内でも千葉市加曾利貝塚や佐倉市井野長割遺跡にみられる大規模集落の特徴の一つです。また、これまでの調査から、盛土に沿って貝層が6つのブロックで分布すると考えられ、市内でもこれほど広範囲に貝層が広がる遺跡はありません。貝層からはハマグリなど海で獲れる貝が多く出土しており、当時の人々は、中沢貝塚が面している大柏川に沿って東京湾まで移動していたと考えられます。そして、中沢貝塚のある位置は大柏川の最北であり、分水界を隔てて、手賀沼水系の支流が近接していることから、この遺跡は東京湾から北側に抜けるルート上にあったと想像できます。このように、中沢貝塚は立地、遺物の種類や量からも、交流の拠点となる集落であったと考えられます。
 この遺跡は、明治時代から考古学者たちに広く知られ、昭和37年(1962)以来、鎌ケ谷町、市教育委員会が30次に渡る発掘調査を行っており、出土品の一部は鎌ケ谷市郷土資料館に展示されています。
  令和4年3月 鎌ケ谷市教育委員会」

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 遺跡銅像

光の祭典2023

○光の祭典2023 足立区立元渕江公園 足立区保木間2-17-1 HP

<元渕江公園>
 メイン会場の元渕江公園です。

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<イルミネーション8本ツリー>
 8本のイルミネーションツリーによる音楽にあわせてのライティングショーは美しい。

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 「馬車」があります。
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 今回登場の「くるキラゴーランド」があります。
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<フラミンゴとバルーン>
 池には、声や音に反応して色が変わるカラフルバルーンが並び、フラミンゴがいます。

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<動物たち>

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<雪だるまとサンタ>

 この「雪だるま」と「サンタ」は、今回初登場です。

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<キラキラトンネル>

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<竹ノ塚駅東口>
 竹ノ塚駅東口には、スノーフォールとメインツリーとが彩られています。

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<竹の塚けやき大通り>
 ツリーにコアラとリスがいます(2か所)。

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テーマ : 夜景・夕景 - ジャンル : 写真

渡良瀬湧水池と三県境など

○三県境 HP(栃木県栃木市)(群馬県板倉町)(埼玉県加須市)

 三県境は栃木県栃木市藤岡町下宮・群馬県板倉町間田・埼玉県加須市小野袋に跨り、道の駅かぞわたらせの南東方向約500メートルの水田にある行政界です。
 三県境は以前、渡良瀬川の中に位置していましたが、明治時代から大正時代にかけての渡良瀬川の改修工事により、現在の河道に変わり、現在の水路の位置となりました。

<三県境入口案内>

 三県境入口案内が2か所にあります。

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<遊歩道>

 駐車場から三県境へ、板倉町、栃木市、加須市が共同で整備した遊歩道があります。

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<三県境案内板>

 手書きの案内板が掲示されています。

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<三県境>

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 旧谷田川
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 旧渡良瀬川
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<三県境杭>

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<三県境周回記念スタンプ>

 スタンプは、三県境にある杭のプレートと同じデザインとなっています。また、専用のスタンプ台紙が置かれています。加須市が設置しています。

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○道の駅かぞわたらせ 加須市小野袋1745-1 HP

 「道の駅かそわたらせ」から三県境まで、階段下直進450mです。

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<田口和美博士之像>

 「わが国解剖学の父 田口和美博士之像」

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(碑文)
「田口和美博士は天保10年(1839年)旧古川藩領藤畠(現在の北川辺町小野袋)に生まれました
 博士は わが国が西洋医学を採り入れた明治維新直後から解剖学に志を立て 日本人として初めて体系的な解剖書(「人体解剖攬要」全13巻)を著しました
明治10年(1877年)には 東京大学医学部初代解剖学教授となり 熱心に後進の指導にあたりました
 また ドイツ留学後 明治医学界の重鎮として解剖学会や日本聯合医学界の創設にかかわり その会頭を務めました
生涯を研究と教育にささげた博士は 明治37年(1904年)64歳で亡くなりました
 解剖学の分野で日本医学会の礎を気づいた博士は「わが国解剖学の父」として長く記憶されていくでしょう
ここに博士のたゆまぬ努力をたたえ 篤実な人柄を慕い没後100年を記念して 北川辺町民をあげて顕彰するものです。
  平成16年3月  北川辺町」

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「故田口博士銅像」(東京大学医学図書館所蔵)

 東京大学医学部図書館が所蔵する解剖学教授田口和美(1839-1904)の銅像写真です。銅像は、平成6(1994)年に北川辺町(現:加須市)に移管され、北川辺郷土資料館に展示されています。また、複製像が、「道の駅かぞわたらせ」敷地内に設置されています。

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「田口和美 解剖学教授」(東京帝国大学 小川一真 明治33年)

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<展望台>

 渡良瀬遊水池が一望できます。

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<物産店 かぞ市場>

 柿を購入しました。

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<パンフレット>

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○旧谷中村合同慰霊碑 板倉町海老瀬

 谷中湖北エントランスに「旧谷中村合同慰霊碑」があります。

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(説明板)
「旧谷中村合同慰霊碑
 旧谷中村は、利根川水系の治水対策として、また、足尾銅山より流れ出る鉱毒の公害対策として、国より進められた貯水池化計画により、377戸、2,527人の村民は、近隣町村に移住し、藤岡町(現栃木市)に合併廃村となります。
 ここに広大な渡良瀬遊水地がつくられましたが、国において、この中に残された旧谷中村の墓地を集め、納骨堂を兼ねた、高さ1.8mの慰霊碑が昭和48年(1973)4月に建立されたものです。  栃木市」

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 十九夜塔が多くあります。
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 次いで庚申塔が多く並びます。
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 「庚申塔」の一部
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 「秩父 西國 坂東 百番供養」
  文化15(1818)年銘の百番供養塔ともう一基です。
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○渡良瀬川橋梁(東武日光線) 栃木市藤岡町藤岡

 渡良瀬川に架かる東武日光線の渡良瀬川橋梁です。

 渡良瀬川橋梁
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 「スペーシア デラックスロマンスカーカラー」
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 JR「特急日光」
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○新開橋 栃木市藤岡町藤岡
 渡良瀬川橋梁(東武日光線)の下流に架かる「新開橋」です。

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○佐野市郷土博物館 佐野市大橋町2047

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<田中正造翁之像>

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「田中正造肖像」(国立国会図書館「近代日本人の肖像」)
 天保12年11月3日〜大正2年9月4日(1841年12月15日〜1913年9月4日)

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 銅像

炎のモニュメント(アスリートの手形)

○炎のモニュメント(アスリートの手形) 北区西が丘3-10-3 稲付西山公園

「炎のモニュメント」高崎哲作品

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 炎のモニュメント台座に北区ゆかりのアスリート26名の手形が設置されています。
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(一部抜粋)
 内村航平
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 平野美宇
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 張本智和
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 鈴木セルヒオ
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○案内看板(サブモニュメント) 北区西が丘3-10-3 稲付西山公園

 棒高跳び選手のスタート姿勢をモチーフにデザインされています。

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(説明板)
「みんなの輝き、つなげていこう。
 Unity in Diversity
 東京2020大会への気運を高め、また日々闘うアスリート達を応援するため、トップアスリートの歴史を手形とともに炎のモニュメントの台座に刻みます。
 北区地域振興部 東京オリンピック・パラリンピック担当課 2017年3月設置」

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○ROUTE2020トレセン通り

 西が丘エリアと赤羽、十条の各駅を結ぶ道です。オリンピック・パラリンピック競技や北区の取組みなどを紹介する看板(20基)が設置されています。

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 手形

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