平賀源内 妙亀塚まつり おばけ地蔵ご縁日

〇平賀源内 妙亀塚まつり おばけ地蔵ご縁日

 11月3日(日)は、「平賀源内 妙亀塚まつり おばけ地蔵ご縁日」に行ってきました。
 会場は三つ。平賀源内エリア、おばけ地蔵エリア、妙亀塚エリアです。

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<平賀源内墓>
法要が行われました。

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<おばけ地蔵>
式典会場が設けられ、多くの来賓の方々が来られていました。

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<妙亀塚>
手のこんだ亀の飾りが供えられていました。

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ハゼの天ぷら、お餅のふるまいがありました。


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tag : 平賀源内

対鴎荘跡(三条実美別邸)

○明治天皇行幸 対鴎荘遺蹟 台東区橋場2-1

 白鬚橋の西詰め南側に対鴎荘遺蹟碑があります。対鴎荘は三条実美別邸で、明治天皇は病床の実美を気使い、この邸を訪れています。

(説明板)
 「対鴎荘跡  台東区橋場二丁目一番
 隅田川畔の橋場一帯は、風光明眉な地であり、かつては著名人の屋敷が軒を連ねていたという。対鴎荘もその一つで、明治時代の政治家三条実美(一八三七ー九一)の別邸であった。
  「征韓論」をめぐって、政府内に対立が続いていた明治六年(一八七三)の十月、.太政大臣の要職にあった実美は心労のあまり病に倒れ、この別邸で静養していたが、同年十二月十九日明治天皇は病床の実美を気使い、この邸を訪れている。
  隣の碑は、この事跡を顕彰して、のち対?荘の所有者となった一市民の尽力によって建立されたものである。高さ三メートル余。側面に「昭和六年歳次辛未五月建之石井久太郎」、裏面に「多摩聖蹟記念館顧問中島利一郎謹撰 上条修徳謹書」の碑文が刻まれている。
 対鴎荘は、昭和三年(一九二八)、白髭橋架橋工事に伴い、多摩聖蹟記念館(多摩市連光寺)に移築された。
    平成七年三月  台東区教育委員会」

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(参考)
 「三条実朝墓」は護国寺にあります(こちらで記載

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tag : 三条実美橋場

砂尾山不動院

 橋場不動尊は通称で、正式名称は天台宗砂尾山橋場寺不動院。
 ホームページの歴史の内容が充実しています。
 「江戸名所図会」で描かれています。「其三 総泉寺 砂尾不動 同薬師」


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tag : 橋場江戸名所図会

保元寺

○保元寺  台東区橋場1-4-7

 「其五 法源寺 鏡が池」(江戸名所図会) では、法源寺とあります。元々は保元寺で、大正時代に元名保元寺に名称を戻しています。
 橋場の「普門寺」(亀戸に移転)、「長昌寺」、「保元寺」には、鐘ヶ淵の沈鐘伝説があります。

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 橋場の郷士だった「榎本武揚一族之墓」があります。
 榎本武揚と夫人の両名のみ改葬され、文京区吉祥寺に墓があります。

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tag : 橋場榎本武揚江戸名所図会

采女塚/鏡が池 (出山寺)

○鏡池采女塚 台東区清川1-13-13 出山寺

<説明板>
「釆女塚  台東区寄与方一丁目十三番十三号 出山寺
 石碑の正面上部に横書きで「采女塚」とあり、その下に仮名混じりの文でその由来を刻んでいる。
江戸時代の初期、寛文年間(1661-72)新吉原雁金屋の遊女「采女」に心を寄せた若い僧侶が師から固く制され、悩んだ末、雁金屋の前で自害してしまった。
 采女は悲しんで浅茅ヶ原の鏡が池に身を投げた。時に十七才。翌朝、草刈りの人たちが
   「名をそれとしらずともしれさる沢の
     あとをかがみが池にしずめば」
としるした短冊を見つけ、采女とわかり、塚に葬った。
 浅茅ヶ原は、現在の橋場一、二丁目と清川一、二丁目のあたりを指し、「江戸名所図会」によると鏡が池の面積は、文政(1818-29)の頃、約五百平方メートル、橋場一丁目の北部あたりにあったという。
 碑は、文化元年(1804)大田南畝ら文人たちによって建立。第二次世界大戦で火をあびている。
   平成七年三月  台東区教育委員会」

 ※説明板中にある句は、天皇の寵愛が衰えて猿沢池に身を投げた釆女をたとえた句で、満年齢16歳での、釆女の博識ぶりに驚きます。

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<碑文内容>
 碑文は「浮世絵文献資料館」(加藤好夫氏)釆女塚より引用
「寛文の比、新吉原雁がね屋の遊女采女がもとに、ひそかにかよふ客ありけるを、其家の長、かたくいましめて近づけざりしかば、その客思ひの切なるに堪ず、釆女が格子窓のもとに来りて自害せり、采女その志を哀ミ、ある夜家をしのび出て、浅茅ヶ原のわたり鏡ヶ池に身を沈めぬ、時に年十七にして、此里の美人なりしとぞ、かたへの松に小袖をかけて短冊を付けたり。
   名をそれとしらずともしれさる沢のあとをかゞみが池にしづめば
そのなきがらを埋しところ、采女塚とてありしに、寛政八のとし、わが兄牛門の如水子、札に書しるして建置しが、それさへ失ぬれば、こたび兄の志を継て、石ぶみにゑり置ものならし。
  文化元年甲子六月  駿河加島郡 石川正寿建」

(碑の正面)

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「文化元年甲子六月 駿河加島郡 石川正寿建」
 この面は、大きな文字でどうにか読みとれます。

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 この面は文字が多く、びっしりと句と作者がそれぞれ刻まれている気がしますが読めません。

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<隠語の面>

「金之竟合水也相比綵之無絲嬉而不喜士可以□言可以己車之所指毎田即是一人十日潭辺無水」
「隠語碑」とも呼ばれています。
  金之竟合 金+竟=「鏡」
  水也相比 水+也=「池」
  綵之無絲 綵ー絲=「采」
  嬉而不喜 嬉ー喜=「女」
  土可以封       「塚」
  言可以己 言+己=「記」
  車之所指       「南」
  毎田即是       「畝」
  一人十日 一+人=「大」
         十+日=「田」
  潭辺無水 潭-水=「覃」

 隠されてる文は「鏡池采女塚」「記南畝大田覃」 となります。

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○鏡ヶ池

「江戸名所図会」

 江戸名所図会の鏡ヶ池 「其五 法源寺 鐘が池」

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「隅田川叢誌 続編」(矢掛弓雄 隅田川神社 明治43年)

 鏡ヶ池の絵図が掲載されています。 采女衣掛松が描かれています。

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<江戸切絵図>

 江戸切絵図で鏡ヶ池の場所を確認すると、出山寺の真横です。清川1丁目27番地を中心にした一帯と推定できます。

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「江戸名所百人美女 鏡が池」(豊国・国久 安政5(1859)年)

 こま絵に鏡が池が描かれています。鏡が池から察するに、恋人を儚んで鏡が池に身を投げた采女が描かれています。能の小道具に「狂い笹」があり、笹を持って舞うことが、狂女の印となります。鏡が池は妙亀尼も関連があり、描かれている人物は妙亀尼の可能性もあります。

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<其角の句碑>

 説明板
「其角の句碑  台東区清川一丁目十三番十三号 出山寺
   草茎をつつむ葉もなき雲間哉
 碑の正面に宝井其角の句を刻む。
 其角の著『末若葉』によれば、これは元禄九年(一六九六)正月、弟子を連れて当寺に遊んだときに詠んだ句であるという。
 碑は、この風流の故事を顕彰して、寛政五年(一七九三)に建立された。
 其角は、寛文元年(一六六一)の生まれ。榎本ともいった。医師竹下東順の子。十四、五才のころ、芭蕉に入門し、早くから頭角をあらわしたという。
 天和三年(一六八三)蕉風の先駆とみなされる『虚栗』を編集し、芭蕉の新しい俳風の確立に活躍した。いわゆる蕉門十哲の第一人者とされたが、芭蕉の死後、次第に蕉風をはなれ、清新華麗な独自の句風をなし、江戸俳壇の中心となった。宝永四年(一七〇七)没。
 なお、右側面に刻む「くさぐきの今にのこるや人の口 屠竜」は、姫路城主酒井忠以の弟であり、当時根岸に住んでいた画家酒井抱一の句である。
  平成七年三月  台東区教育委員会」

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<開山>

 出山寺は、総泉寺十一世江山厳英和尚(延宝4(1676)年寂)が開山、創建したといいます。

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 墓地に江山厳英和尚の墓があります。

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<満願地蔵尊>

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