増上寺大門

○増上寺大門 港区芝公園1丁目7番~2丁目3番

 明治6(1873)年に「芝公園」が開園し、芝公園の施設の一部として大門は東京府が管理、明治11(1878)年に増上寺から東京府に寄付され、その後回向院に譲渡されますが戦災で焼失しています。
 現在の大門は東京市が昭和12(1937)年に建設したもので、平成28(2016)年3月、東京都から増上寺に大門は無償譲与されました。
平成29(2017)年には、港区文化財に指定されています。

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<説明板>

 大門の下に、プレートが4枚掲示されています。右から見ていきます。

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<大本山増上寺 大門>

 東京都より無償譲与されたこと等が刻まれています。

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<大門沿革碑板>

 一番右に沿革碑があります。昭和12年10月に東京市設置の沿革碑板を、昭和33年12月に全国不動会が再板したもの。
(碑銘)
「大門沿革碑板
大門ハ三緑山増上寺ノ総門ニシテ古来江戸名所ノ一トシテ人口ニ膾炙セリ 慶長十年徳川氏増上寺創建ノ造営ニ係ル明治十一年十月東京府ニ寄附ラレタリシガ其ノ後東京市ノ管理ニ帰スルヤ芝公園内ノ施設トシテ保存ニ努メタルモ近年破損著シク永久保存ニ堪エザルニ至リシ為地元芝公園改戻期成会並ニ株式会社不動貯金銀行協賛ノ下ニ其ノ原形ニ則リ新タニ復興ノ業ヲ起シ茲ニ其ノ竣功ヲ見タリ依テ之ガ落慶ノ典ヲ行フニ方リ由来ヲ略記シ以テ後世ニ伝フ    東京市
  昭和十二年十月
  昭和三十三年十二月 全國不動会 再板」

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<港区指定有形文化財 建設物 大門>

 平成29(2017)年に、港区文化財に指定された説明板です。

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<川瀬巴水「芝大門之雪」~新東京百景~>

 大門振興会から寄贈された川瀬巴水「芝大門之雪」の浮世絵の陶板が飾られています。
 「平成30(2018)年10月、大門振興会寄贈」

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「絵本江戸錦 芝神明宮」(豊春)

 増上寺の大門と三解脱門の両方が描かれています。

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○花岳院 港区芝公園1-7-15

 揚羽蝶の寺紋が印象的です。
 増上寺の子院なので、寺紋は徳川葵と思うも、揚羽蝶の寺紋です。
 花岳院は、増上寺六世知雲上人が、隠棲の場として創建したといいます。
 徳川家康の養女・昌泉院の宝篋印塔が院内にあるようです。

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芝公園 まとめ

 芝公園 まとめ

 【徳川将軍家霊廟遺構
  ○ 台徳院霊廟惣門
  ○ 有章院霊廟二天門
  ○ 御成門
  ○ 文昭院殿宝塔前の中門
  ○ 清揚院殿霊廟水盤舎
  ○ 唐金燈籠(文昭院殿)

 【徳川将軍家墓所】
  ○ 徳川将軍家墓所
  ○ 徳川将軍家墓所(拝観)

 【寺社】
  ○ 増上寺
  ○ 芝東照宮
  ○ 宝珠院/弁天池
  ○ 妙定院
  ○ 心光院
  ○ もみじ谷 蛇塚

 【芝丸山古墳など】 
  ○ 銀世界(梅林)
  ○ 芝丸山古墳

 【大松原その他
  ○ 大松原
  ○ ペルリ提督の像/遣米使節記念碑
  ○ お台場の石垣石

 所沢
  ○ 狭山山不動寺
  ○ 金乗院(山口観音)

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増上寺

○増上寺  港区芝公園4-7-35 HP

 渋沢栄一は、明治42(1909)年に火災で焼失した増上寺再建のため、大正7(1918)年に興勝会の副総裁となり尽力しました。

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 左手にザ・プリンスタワー東京(徳川家南霊廟)、右手に東京プリンスホテル(徳川家北霊廟)。
 徳川歴代将軍の元霊廟の上に建っています。

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<江戸切絵図>

 「芝口南西久保 愛宕下之図」に描かれています。

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 増上寺部分を回転して拡大。
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<江戸名所図会>

 江戸名所図会に「三縁山増上寺」其一~其四にわたって描かれています。
 其1~其4の絵を1枚に連結しました。

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<増上寺旧方丈門>  港区芝公園4-7-35

(説明板)
「東京都港区指定文化財 有形文化財 増上寺旧方丈門(黒門)
 増上寺の方丈(庫裡)の表門であったので方丈門とよばれ、また全体が黒漆塗であったために黒門ともよばれた。
 四脚門で、建造年代を明らかにする棟札などの記録は見出せないが、江戸時代初期の特徴を示す様式から十七世紀後半のものと推測される。
 蟇股には唐獅子や牡丹が浮彫されていて、精巧で写実的な図柄は、近世の建築彫刻の特色を示している。長年の風蝕のため、古色をおびているが、桃山建築の豪華さのおもかげがうかがえる。
  昭和五十五年十一月十五日  東京都港区教育委員会 」

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<三解脱門>(国重要文化財)

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<グラント松>

(説明板)
「グラント松
 米国第18代大統領グラント将軍は明治12年7月国賓として日本を訪れ、増上寺に参詣し記念としてこの樹を植えました。」

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<鐘楼堂/大鐘楼>

 「今鳴るは芝か上野か浅草か」
 これほど大きな鐘楼が、戦時中に供出されなかったことが不思議です。

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<土木殉職者慰霊塔>

 全国建設業協会の前身である日本土木建築請負業連合会が、昭和12年3月21日、殉職者の御霊を合祀・供養するため慰霊塔を建立しています。

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<聖観世音菩薩>

 「ホテルニュージャパン罹災者のみたまとこしえに安からんことをお祈りして」

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<魚供養之碑>

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<仏足石>

(説明板)
「仏足石 
 仏足石は仏の足うらの形(千輻輪相)を石に彫りつけたもの、インドでは仏像が刻まれる以前は仏足石や菩提樹などで釈尊を象徴的にあらわし、人々はこれらを仏として礼拝した。
 この仏足石は、当山第70世福田行誠上人の代、山内宝松院松涛泰成上人の発願により明治14年5月に建石されたもので、側面には仏像、経文、由来などが刻まれている。」

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<ブッシュ槙>

(説明板)
「ブッシュ槙(コウヤマキ)
 米国第41代ブッシュ大統領が副大統領として昭和57年4月24日来日の際、増上寺に参詣し、記念としてこの樹をお手植されました。」

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<詠唱発祥の地>

 増上寺吉水講の発足20周年を記念して2002年に建立されています。

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<奉納 桜二百本 さつき二千株>

 永谷園本舗が昭和55年に奉納。

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<奉納桜百本>

 永谷キミの喜寿記念に昭和55年に奉納。

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<聖鋏観音>(北村西望氏の制作)

 北村西望氏の作品がありました。

(説明板)
「聖鋏観音縁起
 この聖鋏観音像は、昭和五十六年八月三日、国際美容協会会長・山野愛子が願主となって、大本山増上寺境内のこの地に建立、開眼された。
 願主の一生がハサミに支えられ、お陰によって生かされたことへの深い感謝と、ハサミの中にみる己を滅して他を整え美しくする働きを、観音様と拝む心とによって聖鋏観音像造立を発願。併せて美容はもとより、ハサミにかかわりのあるすべての人々の心の拠り処となり、お守りとなるよう願われて奉造された。
 聖鋏観音像は、彫刻界の長老北村西望氏の制作である。
 毎年八月三日を「ハサミの日」と定め、この世におけるつとめを果たし終えたハサミをあつめてこの塚に納め、ハサミ供養法要が厳修される。
  ハサミは観音菩薩の御手そのものである。
    徹誉大僧正」

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(参考)西村西望氏の作品は、駒木諏訪神社(流山市)に多くあります。また都内に平和記念像があります。


<祐天桜>

 住友林業のバイオテクノロジーで増殖された貴重種の祐天桜が植えられています。

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<阿波丸事件殉難者之碑>

(碑文)
「阿波丸は第二次世界大戦も終りに近い昭和二十年四月一日夜半台湾海峡で米国潜水艦クイン・フィッシュ号に不法撃沈された。同船は連合国側の要請に応じ日本軍占領の南方諸地域に抑留されている捕虜および民間人に對する救恤品の輸送に当っていた。国際法でその安全が保障されていたにもかかわらず、この悪魔のような所業により遭難者の数は二千有余名、世界史上最大の海難事故となった。(以下略)
  昭和五十二年四月一日    阿波丸事件犠牲者 遺族一同 」

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<め組殉難供養碑>

 江戸の町火消し「め組」の殉難者・物故者の供養のために、享保元(1716)年に建立されました。
 かたわらに纏を刻した標石と、組員名を刻した玉垣風の石柱があります。
 徳川家の菩提寺境内に、町人の供養碑があります。

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<弔魂之碑>

 西南の役で戦死した看護卒の供養碑で、明治11年に建てられたものです。
 題字は山岡鉄太郎(鉄舟)の筆です。

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<筆塚(心と創造)>

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<熊野(ゆや)神社(熊野三所大権現宮)>

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「三本足の烏[八咫烏]」
 手水鉢には熊野権現の神使「八咫烏」が日輪とともに描かれています。

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「熊野三所大権現宮 由来記」

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<芝縁(しえん)>
 料理店があります。

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<西向聖観世音菩薩>

 鎌倉時代、執権・北条時頼公が観音山(現:東京タワー)に辻堂を建て、鎌倉街道に向けて安置した石像の観音さまです。昭和50(1975)年、安国殿前に尊像を遷座、同55(1980)年1月に観音堂落成。
 江戸三十三観音札所で聖観音像は子育て開運の利益広大と言われています。(増上寺HP説明を短くまとめた)

(標柱)
「西向観音は、現在三康図書館のある場所にあった観音山に西に向けて安置されていたもので、 現在の正則中学校あたりにあった地蔵山に東向きに安置された四菩薩像とともに、その間を通る街道を見下ろす形をとっていました。
 将軍家の菩提所である増上寺は格式が高く、庶民には近寄り難いところもありましたが、この像は安国殿に安置されている黒本尊とともに多くの庶民の信仰の対象として今に続いています。
  平成四年三月三十日  港区文化財総合目録登録  港区教育委員会」

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<千躰子育地蔵>

 現在は千体を超え、1300体ほどあるようです。

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<三波石>

 大きな三波石です。

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 長命寺(練馬区)にも、大きな三波石がありました。

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<安国殿>
 家康公が尊崇していた「黒本尊」(御開帳:正月・5月・9月の15日)が祀られています。

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<大殿>
 大修理中。

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<四菩薩像>(港区登録有形文化財)
 徳川将軍家墓所前にあります。

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<貞恭庵>
 皇女和宮さまゆかりの茶室です。

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徳川将軍家霊廟遺構(国重文)

〇台徳院霊廟惣門  港区芝公園4-8-2

 台徳院霊廟惣門、勅額門、御成門、丁字門が空襲から焼け残りましたが、他の3門は狭山山不動寺に移築保存されています。

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 仁王像について説明板があります。
(説明板)
「港区指定有形文化財
  彫刻 木造仁王像 二躯
 重要文化財「旧台徳院霊廟惣門」の左右に安置されている寄木造り、砥粉地彩色の仁王像で、方形の台座に乗った岩坐の上に立っています。
 平成十六から十七年に行われた修理の際に、体内から修理銘札が発見され、元は埼玉県北足立郡戸塚村(現在の川口市西立野)の西福寺(真言宗)仁王門に安置されていたもので、寛政元年(一七八九)、弘化三年(一八四七)の二度にわたり修理が行われていることがわかりました。さらに安政二年(一八五五)の暴風で破損したまま同寺の観音堂の片隅に置かれていたものを、昭和二十三年(一九四八)、同寺三重塔の修理と同時期に三度目の修理が行われた後で、東京浅草寺に移されたことも記載されています。その後の経緯は詳らかではありませんが、昭和三十三年ごろまでにはこの惣門に安置されたと考えられます。
 本像は十八世紀前半までには江戸の仏師によって制作されたと推測され、江戸時代の仁王像として破綻のない作行きを示す貴重な作品です。
  像 高  阿形二四三・五センチメートル
       吽形二四七・〇センチメートル
  平成十八年十月二十四日  港区教育委員会」

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仁王像があった西福寺については記載済。三代将軍家光公の長女千代姫奉建の三重塔や、台徳院殿(2代将軍秀忠)尊前石燈籠もあります。


<惣門跡>

 惣門は現在より45m西側にありました。惣門跡の標柱が建っています。

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<水路跡>

 惣門跡の近くには水路跡の標柱と、水路の遺構が残っています。

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<焼失前の台徳院霊廟>

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<ザ・プリンスタワー東京>

 徳川家南霊廟だった場所には、ザ・プリンスタワー東京が建っています。

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○有章院霊廟二天門  港区芝公園3-3東京プリンスホテル

 有章院霊廟二天門。広目天と多聞天が安置されています。
 もとは文昭院の二天門の持国天、増長天とあわせて四天王として祀られていたものです。

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(説明板)
「有章院(徳川家継)霊廟二天門
  芝公園3-3 東京プリンスホテル
 現在の東京プリンスホテル敷地には、戦前、六代将軍家宜の文昭院霊廟と並んで、七代将軍家継の有章院霊廟がありました。プリンスホテル正面の二天門は有章院霊廟の惣門です。霊廟は八代将軍吉宗が享保2年(1717)に建立しました。その結構は日光に劣らぬと伝わる程でしたが、昭和20年(1945)に東京大空襲で焼失しました。
この焼け残った二天門は銅板葺、切妻造りの八脚門で、左右に仏法守護の役目を持つ広目天、多聞天の二点が祀られています。焼けた文昭院霊廟の門に持国天、増長天が置かれ、合わせて四天王としてまつられていました。
  重要文化財・建造物(昭和5・5・23)」

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「千代田之御表 芝増上寺初御成ノ図」(楊洲周延)

 七代将軍徳川家継・有章院の霊廟を、初めて訪れる八代将軍吉宗を描いています。有章院霊廟は、人気の東京名所でしたが戦災により焼失しています。

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「東京名所 芝御霊屋」(楊洲周延)

 有章院霊廟が東京名所として描かれています。

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<御成門内之図>

 「御成門内之図」(文政年間刊行 山縁山誌所載ニ依ル)のプレートが二天門右手にあります。

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<東京プリンスホテル>

 徳川家北霊廟だった場所には、東京プリンスホテルが建っています。

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○御成門 港区芝公園3-3-1東京プリンスホテル

(説明板)
「御成門
 増上寺(徳川家菩提寺)の裏門としてつくられたが、将軍が参詣する際にもっぱら用いられたので、「御成門」と呼ばれるようになった。
 初め「御成門」は、現在の御成門交差点にあったが、明治二十五年の東京市区改正計画で、内幸町から増上寺三門を経て芝公園に至る道路が新設された際に、この位置に移築された。
 その後、増上寺三門や旧庫裡門・徳川家墓地の惣門・二天門とともに、関東大震災や太平洋戦争の戦火から難をのがれて今日に及んでいる。
  昭和四十八年三月  東京都港区教育委員会」

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○文昭院殿宝塔前の中門/鋳抜門(港区登録有形文化財)

 徳川将軍家墓所門は、文昭院殿宝塔前の中門でした。門左に下り龍、右に昇り龍。

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 入口と出口と両面に龍が刻まれているのですね。
 鋳抜門の裏に描かれている、左下り龍、右昇り龍です。こちらの面のほうが保存状態が良いです。

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○清揚院殿霊廟水盤舎 増上寺境内

 清揚院殿霊廟にあった水盤舎が増上寺の境内に移築されて残っています。水盤舎以外は焼失しています。

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(標柱説明)
「元は清揚院殿(三代将軍徳川家光の三男・六代将軍徳川家宣の父、甲府宰相綱重)の御霊屋にあった建物です。綱重は、延宝六年(一六七八)に逝去し、初め小石川伝通院に埋葬され、家宣の代に増上寺に改葬されました。御霊屋は増上寺本堂裏手に営まれていましたが、昭和二十年(一九四五)の東京大空襲により他の御霊屋の建物とともにそのほとんどが焼失しました。この水盤舎は綱重の御霊屋建築の内、現存する唯一の建物であるとともに、徳川家霊廟の建造物として現存する数少ない遺構として貴重なものです。
  平成十三年二月十四日 港区文化財総合目録登録」

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○唐金燈籠4基

 文昭院殿の唐金燈籠4基が、2019年に狭山山不動寺から増上寺に移転してきています。

<大殿本殿左右>

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<増上寺宝物展示室入口左右>

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徳川将軍家墓所②(拝観)

○徳川将軍家墓所(拝観)

 コロナで閉館していましたが再開したので、拝観しました。
 拝観料500円を支払い、チケット「徳川将軍家墓所」、パンフレット「増上寺御霊屋」、
 明治時代の地図「大日本東京三縁山増上寺境内全図」、絵葉書「大本山増上寺徳川将軍家旧御霊屋絵葉書」
 をいただきました。得した気分になりました。

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<脇門>
 
 鋳抜門の左手にある脇門から中に入ります。

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<鋳抜門>

 入口と出口と両面に龍が刻まれているのですね。
 鋳抜門の裏に描かれている、左下り龍、右昇り龍です。
 こちらの面のほうが保存状態が良いです。

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<全景>

 入口~左手
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 正面~右手
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 鋳抜門方面 左手 右手
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<明治期の増上寺御霊屋図(掲示板)>

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<旧増上寺御霊屋(掲示板)>

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<宝塔/石燈籠>

 墓所にある宝塔と石燈籠を左廻りに見ていきます。
 石燈籠は総じて保存状態は良く、朱色が残っている葵紋もあります。

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<合祀塔>

 月光院輝子(7代徳川家継の生母)宝塔(石造)ですが、改葬後は将軍の生母・側室等の宝塔に用いられています。
 合祀塔には、3代家光公第三子で6代家宣公の実父である徳川綱重をはじめ、3代家光公側室で5代綱吉公の生母桂昌院、11代家斉公正室広大院、6代家宣公側室月光院ら南北の御霊屋に祀られていた歴代将軍の夫人や子女の多数が埋葬されています。

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(石燈籠)
 左「有章院殿」 右「有章院殿」
 左奥「文昭院殿」 左最奥「有章院殿」
 右奥「台徳院殿」(破裂して読みとれないものの石燈籠の形状から推定)
 右最奥「惇徳院殿」(読みとれないものの文字の輪郭から推定)

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<静観院和宮>

 静寛院和宮(14代家茂夫人)宝塔(銅造)です。
 宝塔には菊の紋が所々にあしらえられています。
 右に14代家茂公の宝塔があり、並んで祀られています。
 唯一、菊の御紋があります。

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(石燈籠)
 左「有章院殿」 右「有章院殿」
 右奥「台徳院殿」

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<昭徳院殿>

 昭徳院殿(14代徳川家茂公)宝塔(石造)です。

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(石燈籠)
 左「惇信院殿」 右「惇信院殿」
 左奥「惇信院殿」 右奥「惇信院殿」

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<文昭院殿>

 文昭院殿(6代徳川家宣公)宝塔(銅造)です。
 改葬後は天英院殿(家宣正室)を合葬しています。

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(石燈籠)
 左「文昭院殿」 右「文昭院殿」
 左奥「文昭院殿」 右奥「台徳院殿」

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<台徳院殿/崇源院殿>

 崇源院殿(2代徳川秀忠正室)宝塔(石造)です。
 改葬後は台徳院殿(秀忠公)を合葬しています。
 台徳院殿宝塔は木造であったため戦災で焼失しています。

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(石燈籠)
 左「台徳院殿」 右「台徳院殿」
 左奥「台徳院殿」 右奥「台徳院殿」

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<有章院殿>

 有章院殿(7代徳川家継公)宝塔(石造)です。

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(石燈籠)
 左「有章院殿」 右「有章院殿」
 左奥「有章院殿」 右奥「有章院殿」

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<惇信院殿>

 惇信院殿(9代徳川家重公)宝塔(石造)です。

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(石燈籠)
 左「惇信院殿」 右「惇信院殿」
 左奥「惇信院殿」

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 徳川家重は、歯ぎしりがあり、言語不明瞭とのことなので、アテトーゼタイプの脳性麻痺だったのでしょう。
 身体障害があっても、頭脳は明晰だったはずです。
 家重の言葉を唯一理解できたのは大岡忠光だけだったとのことで、わかろうとしないとわからない、わかろうとした側近が1人しかいなかったというのは悲しいことです。
 アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は脳性麻痺で車椅子を使用していましたが、マスコミには車椅子姿の写真は撮らせなかったというのもその時代背景なのでしょう。


<慎徳院殿>

 慎徳院殿(12代徳川家慶公)宝塔(石造)です。

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(石燈籠)
 左「惇信院殿」 右「有章院殿」
 左奥「惇信院殿」 右奥「文昭院殿」

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<清揚院殿宝塔>

 放置されている宝塔ですが、宝塔の口径から推定すると清揚院殿宝塔らしい。
 清揚院は合葬塔に改葬されており、合葬塔はこちらの清揚院殿宝塔ではなく、
 月光院殿宝塔が用いられています。

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

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