竹の塚彫刻の道

○竹の塚彫刻の道  足立区竹の塚3丁目7番~4丁目9番

 増田橋から赤山街道終点から直進し最初の信号を左折すると「竹の塚彫刻の道」が続きます。
 かつての農業用水路が彫刻の道となっています。道の下は多目的貯水槽となっています。
 平成5(1993)年に国土交通省「手づくり郷土賞」を受賞しています。

DSCN0009.jpg

DSCN0005_2021011619515464e.jpg

DSCN0006_2021011619515572c.jpg

DSCN0007_202101162006203c4.jpg


<陶板レリーフ「足立五色桜」>

 五色桜の場所からは離れていますが、五色桜の陶板レリーフがあります。

DSCN0002.jpg

DSCN0003_20210116195252c38.jpg

DSCN0008_202101161952536f8.jpg


<Chimney(煙突) 島剛>

DSCN9991_2021011619543574c.jpg

DSCN9992.jpg


<石の風 堀内健ニ>

DSCN9995_20210116195438113.jpg

DSCN9993.jpg

DSCN9994.jpg


<泉 小泉俊己>

DSCN9998.jpg

DSCN9999.jpg

DSCN0001.jpg

DSCN9997.jpg    


<空を眺めながら 柏木昌>

 (道路反対側にあった銭湯「泉湯」は、2015年廃業・解体)

DSCN0010_20210116195834ffe.jpg

DSCN0012_20210116195835fa8.jpg

DSCN0013_2021011619583737e.jpg

DSCN0011_20210116195838688.jpg
     

<地殻より 岡本敦生>

DSCN0015_20210116200035eb9.jpg

DSCN0016_20210116200037560.jpg

DSCN0014_20210116200038328.jpg


<創造の箱 斎藤史門>

DSCN0018_20210116200040406.jpg

DSCN0019.jpg

DSCN0020.jpg

DSCN0021_2021011620004499d.jpg


<自我ーその確立 桑名良知>

DSCN0023_20210116200312bb8.jpg

DSCN0024_2021011620031423f.jpg

DSCN0022_202101162003146ac.jpg

DSCN0025.jpg


<その他>

 彫刻の道からそれた、けやき大通り沿にも彫刻がありました。

DSCN0198_20210124205924c87.jpg

DSCN0199_20210124205926a6e.jpg

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 銅像五色桜手づくり郷土賞

赤山街道 増田橋 蓬莱稲荷と稲荷社

○増田橋跡 北へ旧日光道中/西へ旧赤山道

 増田橋は竹の塚の立場として賑わいました。
 赤山道に沿って流れてきた竹の塚堀はそのまま東へ。一部は南へ日光街道の東側を流れます。竹の塚堀にかかっていた橋が増田橋です。
 千住堀は、日光街道の西側を流れます。


「増田橋の交差点」(昭和40(1965)年5月 足立区立郷土博物館蔵)

 竹の塚三丁目5番付近より右斜めの赤山街道方面を望んでいます。左右の道が旧日光街道で左手が千住方面です。
masudabashikosaten.jpg

 現在
DSCN5552_202302261714188ea.jpg


「旧日光街道」(昭和45(1970)年頃の六月2-21-17付近 足立区立郷土博物館蔵)

 旧日光街道の両側に堀がありました。左手前に、現在も営業している茶・海苔の「丸新園」の置看板が見えます。その先に郵便ポストが見え、六月町郵便局でしょう。そうすると、六月町から北の増田橋方面を望んだ旧日光街道です。旧日光街道の左が千住堀、右が竹の塚堀です。
senjyubori.jpg

 現在
DSCN5555_202302261714202e1.jpg

 丸新園
DSCN5556_202302261714214c4.jpg

 六月町郵便局
DSCN5559_20230226171423706.jpg


<増田橋モニュメント> 足立区竹の塚2-9-1

 「増田橋」と刻まれたモニュメントがあります。 ここは、かつて「正八幡宮道標」が建っていた場所です。

DSCN6141_20210116193414879.jpg


<道標> 足立区竹の塚3-4-14

 道標は平成六年と刻まれているので、昔のものではなく足立区が設置した新しいものです。

(正面)「増田橋跡 北へ旧日光道中」
DSCN6142_202101161934166a1.jpg

(右面)「西へ旧赤山道」
DSCN6145_20220901000838207.jpg

(左面)「平成六年三月 足立区教育委員会」
DSCN6143_20220901000841466.jpg

DSCN9395_20220901121045136.jpg


<水茶屋「亀屋」>

 増田橋は、日光街道の休憩地として賑わい水茶屋「亀屋」が何軒かあり、昔は竹の塚の立場として賑わいました。増田橋交差点にはマンション「トータス竹の塚」が建っています。トータスとは亀ですね。

DSCN0026_202101161934180cf.jpg


<増田橋バス停>

 旧日光街道、赤山街道それぞれに増田橋バス停があります。

 旧日光街道「増田橋」バス停
 DSCN5553_20230226173135f07.jpg

DSCN5541_20230226173137c47.jpg

 赤山街道「増田橋」バス停
DSCN5564_202302261732274bd.jpg

DSCN5565_202302261732292f8.jpg

 増田橋交差点
DSCN5554_20230226173317014.jpg


<正八幡宮道標>

 増田橋に建てられていた「正八幡宮道標」(文政9(1826)年再建)が足立区立郷土博物館に保存されています。願主には「亀屋」も見えます。数多くの石塔を手掛けた「草加宿六丁目石工 青木宗義」も願主となっています。

(正面)
 「開運 谷古田 正八幡宮」(※峯ヶ岡八幡神社(川口市峯1304)です。こちらで記載。)
 「是ゟ 一里」

DSCN9280_20220901001226006.jpg

DSCN9285_20220901001229138.jpg

DSCN9284_20220901001229f74.jpg

(左面)
 「文政九丙戌年再建」
 「願主 當所
  温飩屋四良左ェ門
  花又屋孫助
  飴屋源右エ門」

DSCN9286_202209010013442d6.jpg

DSCN9287_202209010013478c8.jpg

(右面)
 「おふミやへ 五り半余
  はと可"やへ 壹り半余
  と祢りへ 三十丁」

DSCN9291_20220901001615c79.jpg

DSCN9292_202209010016180f5.jpg

(右面下)
 「願主」
 「舎人町 和泉屋 長蔵
  當所亀屋長蔵」
  草加宿六丁目石工 青木宗義」

DSCN9289_20220901001726e97.jpg

(説明板)
「正八幡宮道標
 かつて赤山街道入口増田橋の北詰(現竹の塚二丁目9-1先)に建てられていた道標。谷古田(現川口市峯)の峯ヶ岡八幡神社への案内を「これより一里」と示している。文政9年(1826)再建とあるから、それ以前にも道しるべが建てられていて八幡宮への参詣が行われていたことがわかる。願主として「当所温飩屋四良左ェ門、花又屋孫助、飴屋源右エ門、舎人町和泉屋長蔵、当所亀屋長蔵、草加宿六丁目石工青木宗義」の名があり、「おふミやへ五り半余、はとがやへ壹り半余、とねりへ三丁(※三十丁の誤り)と隣村への案内も兼ねている。」

DSCN9283_2022090100172880e.jpg


「江戸近郊道しるべ」(村尾嘉陵)

 村尾嘉陵は文政2(1819)年に谷古田八幡宮を参詣しています。略図には千住→竹の塚→保木間→八束(谷塚)→柳島→谷古田が見えます。

michisirube.jpg

※ 几号水準点
 かつて増田橋石崖に几号水準点が刻まれていましたが、現在は失われています。


○蓬莱稲荷大明神  足立区竹の塚2-2-12

 増田橋の近くに「蓬莱稲荷大明神」があります。塚の上に稲荷社が建っています。

 「正一位 蓬莱稲荷大明神 当稲荷神社は創建約弍百年位有する社です。
 大震災や戦争の時や戦後の数多の災害も当地域周辺は平穏無事に守って頂いています。
    令和弍年八月 記」

DSCN9990_20210116194053233.jpg

DSCN9989_202101161940551c4.jpg

DSCN9979_20210116194057e91.jpg

DSCN9980.jpg

DSCN9981_2021011619405976f.jpg

DSCN0027.jpg

DSCN9982_20210116194102865.jpg

DSCN9983_202101161941047c1.jpg

DSCN9984_20210116194105cb2.jpg

DSCN9985_20210116194107e56.jpg

DSCN9988_20210116194108603.jpg

DSCN9987_202101161941101a9.jpg

DSCN9986_202101161941119c5.jpg

DSCN0029.jpg


○稲荷神社  足立区竹の塚3-4-9

 蓬莱稲荷大明神の横から東へ続く道沿に稲荷神社があり、成田道の道標があります。

DSCN9970.jpg

DSCN9976_20210116194424f82.jpg


<成田道道標>

 嘉永3(1850)年銘の成田道道標です。
  (台石正面)「成田道」
  (台石左面)「新宿 成田 道」
  (裏面)  紀年

DSCN9972.jpg

DSCN9974_202101161944276d7.jpg

DSCN7437_20220628120818610.jpg

※ この道路の稲荷神社の東にある銭湯「高砂湯」が2021年12月28日に閉店。更地となり集合住宅が建築されています。

DSCN7456_20220628120819151.jpg


○ひばり 足立区六月1-36-11

 旧日光街道沿に、お好み焼き、たこ焼きの「ひばり」。コロナ対策でお好み焼き等の販売は休止中(→再開)。駄菓子の販売も行っています。

DSCN0030_2021011619341934a.jpg

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 赤山街道千住堀銭湯閉館

舎人宿跡/舎人氷川神社

〇舎人宿跡 足立区舎人2-7-24

 舎人宿の跡には、標柱があるのみです。

DSCN6743.jpg

DSCN6742.jpg


〇舎人氷川神社 足立区舎人5-21-34
 本殿には立派な彫刻が施されていますが、金網の外からしか見ることはできません。

DSCN6730.jpg

DSCN6736.jpg

DSCN6738.jpg

<弁天池>

DSCN6735.jpg

DSCN6731.jpg

DSCN6740.jpg

<表忠碑>

 日露戦争従軍記念碑「表忠碑」があり、揮毫は元帥伯爵・東郷平八郎・海軍大将です。

 元々は舎人小学校の校庭にありましたが、戦後、国から撤去するように指示があり、個人の屋敷に移転、その後、舎人氷川神社に移転の経緯があります。
 (「舎人の語り伝え」(大熊久三郎氏著)を参照しました。)


DSCN6739.jpg

DSCN6732.jpg

DSCN6733.jpg

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 舎人赤山街道戦役紀念碑東郷平八郎

神領堀親水緑道 (見沼代用水支流)

〇神領堀親水緑道 足立区舎人5-16ほか

 見沼親水公園の水処理施設から神領堀親水緑道に向かいます。

DSCN0103.jpg

DSCN0101.jpg

DSCN0132.jpg

DSCN0102.jpg

DSCN0131.jpg

DSCN0130.jpg

DSCN0104.jpg

DSCN0128.jpg

DSCN0108.jpg

DSCN0122.jpg

DSCN0124.jpg

DSCN0129.jpg

(説明板)見沼代親水公園からの分岐点
「神領堀親水緑道
御神領堀
 御神領堀は綾瀬川から西の足立地域を潤した見沼代用水支流の用水です。江戸時代には流域の伊興・鹿浜・加賀皿沼・堀内・沼田・高野・舎人などの村々によって用水組合が作られ、地域の人々によって管理・運営された歴史的に重要な用水です。」

DSCN0105.jpg

DSCN0106.jpg

DSCN0107.jpg

(説明板)親水緑道終端
「神領堀親水緑道
「御神領」について
 御神領堀の名前の由来となった「御神領」とは、徳川将軍家の菩提寺である上野の東叡山寛永寺の領地の名前です。寛永寺は1万石の領地をもつ江戸時代最大級の寺院で、「神」となった将軍たちをまつる寺院です。その寛永寺の領地であることを表した名前で別に山号をとって東叡山領とも称していました。足立区内では伊興・鹿浜・加賀皿沼・堀内・沼田・高野の6ヵ村が寛永寺の領地となり神の領地という意味で「御神領」と呼ばれていました。
「東都名所 上野東叡山全図」 歌川広重作   足立区   」

DSCN0119.jpg

DSCN0123.jpg


<「東都名所 上野東叡山全図」歌川広重作>(国会図書館)

 説明板に掲示されている歌川広重の上野東叡山全図です。お寺の領地ですが、御神領なんですね。出羽三山の参詣供養塔では、東叡山領と刻まれているのが一般的です。

toueizan4.jpg


<ウォーキング案内>

DSCN0120.jpg

DSCN0121.jpg


<小動物>

 堀の中には、モニュメントの小動物がいます。カエル多数、カモ2羽、カニ2匹を確認。

DSCN0111.jpg

DSCN0112.jpg

DSCN0114.jpg

DSCN0115.jpg

DSCN0116.jpg

DSCN0118.jpg

DSCN0125.jpg

DSCN0126.jpg

DSCN0127.jpg

※神領堀緑道についてはこちらで記載

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : 舎人赤山街道歌川広重見沼代用水

竹の塚マンホール蓋~赤山街道③

大踏切跡から増田橋へ

○島根六月寺めぐり散歩

 踏切からちょっと歩くと「島根六月寺めぐり散歩」の標柱があります。散歩道は途中で炎天寺に向かい右に折れますが、カラーマンホール蓋は、そのまままっすぐ増田橋まで続きます。

DSCN6130.jpg


○小林一茶と炎天寺

 説明板「小林一茶と炎天寺」があります。

DSCN6072.jpg

DSCN6069.jpg

DSCN6071.jpg

DSCN6070.jpg


○モニュメント 足立区竹の塚1-12-14

 説明はありません。水の流れでも表しているのでしょうか。

DSCN5590_20230228170044775.jpg


○スポット親水

 「スポット親水」が2ヶ所ありますが、花のプランターが置かれ、親水の機能は果たしていません。

・スポット親水(足立区竹の塚1-30-1)
DSCN5613_20230228170252d19.jpg

DSCN5612_20230228170249a3a.jpg

・スポット親水(足立区竹の塚1-32-3)
DSCN5617_202302281704089ad.jpg

DSCN5615_20230228170410c17.jpg


○セラミックアート

 野鳥と野草のセラミックアートで、平成6(1994年)の制作です。増田橋まで、延々と続いています。きりがないので増田橋近くに設置されていた説明板しか撮っていません。

DSCN6140.jpg

DSCN6139.jpg


○増田橋跡 北へ旧日光道中/西へ旧赤山道 詳細はこちらで記載

 増田橋跡は、昔は竹の塚の立場として賑わいました。
 赤山道に沿って流れてきた竹の塚堀はそのまま東へ。一部は南へ日光街道の東側を流れます。千住堀は南に曲がり、日光街道の西側を流れます。竹の塚堀にかかっていた橋が増田橋です。「増田橋」と刻まれたモニュメントがあります。

DSCN6141.jpg

 道標は平成六年と刻まれた足立区教育委員会が設置した、昔のものではなく新しいものです。

DSCN6142.jpg

DSCN6145.jpg

DSCN6143.jpg


○「火の見櫓がある風景」 昭和43(1968)年1月 足立区立郷土博物館蔵

 竹の塚2-8付近から竹ノ塚駅方面を望んだ赤山街道です。左手が千住堀で、右手は竹の塚堀です。
 senzyubori.jpg

 現在 両堀は暗渠化・歩道となり、マンホール蓋のオンパレードとなっています。
 DSCN5561b.jpg


○竹の塚センター通り

 途中、竹の塚センターに向かう通りには、モーツァルト及びハープのボラードが並んでいます。
 
DSCN6066.jpg

DSCN6067.jpg

DSCN6958.jpg

 竹の塚センター通りにも、カラーマンホール蓋が連なっています。やせカエルのマンホール蓋(汚水と雨水)のみです。

DSCN6957.jpg

 街路樹の踏み固め防止板は、ハトとチューリップ(足立区の花)です。

DSCN6956.jpg

テーマ : 歴史・文化にふれる旅 - ジャンル : 旅行

tag : マンホール赤山街道千住堀チューリップ

カウンター
プロフィール

ほっと湯Web

Author:ほっと湯Web

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
検索フォーム
リンク
カテゴリ
タグリスト

全記事タイトル表示

全ての記事を表示する

Japanese→English
English
♥. ♠. ♣Alice
QRコード
QR