昆陽神社 (幕張) 出羽三山供養塔

○昆陽神社 千葉市花見川区幕張町4-803

 青木昆陽を讃えて、弘化3(1846)年に、秋葉神社境内に、昆陽神社が建立されました。

<幕張昆陽地下道> 千葉市花見川区幕張町4丁目?花見川区武石町1丁目

 千葉県道57号千葉鎌ケ谷松戸線にある地下道で、平成16(2004)年7月28日供用開始。秋葉神社と昆陽神社は、地下道の建設に際して、一時的に移転、地下道の完成後に地下道の上に再建されました。

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 京成幕張駅
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<鳥居>

 秋葉神社の鳥居です。

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<狛犬>

 神社が再建された平成18(2006)年の奉納です。

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<由緒>

(掲示)
「秋葉神社・昆陽神社
 鎮座地・・千葉市花見川区幕張町四丁目八○三番地
 交通・・京成幕張駅徒歩一分・JR幕張駅徒歩三分
秋葉神社由緒
【祭神】火之迦具土大神
 記紀にも見られるように人間の生命、生活に欠く事のできない「火」の神様。御神徳は火の幸を恵み、悪火を鎮め、諸厄諸病を祓い除く。火災をはじめ盗難除・百災消除・延命長寿・火防開運の神として祀られている
【由来】
 建立は不詳。通称権現様。古来よりの地名に権現山、権現町と称し、親しまれた名残がある
 享保年間に信仰の厚い氏子より土地を寄贈され、現在の地に移る。江戸時代、境内地に昆陽神社を傍に据える
 千葉市美浜長作線の計画により一時移転。道路開通後、昆陽神社と共に新社殿を運営。
 平成十八年十一月、遷座
【例祭日】
 四月三日

昆陽神社由緒
【祭神】青木昆陽
 江戸時代の蘭学者、甘蔗栽培の普及につとめた
 昆陽は八代将軍吉宗に仕え、享保の大飢饉(一七三三〜三四)の翌年、江戸小石川の薬草園に甘蔗を栽培、数カ所で試作し、成功したのが馬加(幕張)村だった。その後、幕府により各地に甘蔗栽培が広まる。以後、全国の何万人という人々を飢餓から救った
【由来】
 青木昆陽没後、天明の飢饉が起きた。甘蔗栽培を始めて約四十年後のことで、馬加村ではこの大飢饉にもかかわらず、一人の餓死者も出さなかったといわれている。そして、昆陽は「芋神さま」として敬われ、弘化三年(一八四六)秋葉神社境内に祀られた
 ≪道を隔てた千葉市用地に「昆陽先生甘蔗試作之地」碑が建つ」
 (大将八年)千葉県指定史跡≫
【例祭日】
 十月十二日<明和六年(一七六九)十月十日没に由来する
  平成十九年四月吉日」

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<秋葉神社/昆陽神社>

 2つの社殿が並んでいます。左に秋葉神社、右に昆陽神社。

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<秋葉神社>

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<昆陽神社鳥居>

 昆陽神社鳥居の道路反対側には「青木昆陽甘藷試作地」(こちらで記載)があります。

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<昆陽神社>

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「昆陽社 史蹟名勝天然紀念物調査 第8輯」(千葉県 昭和6年)

 昔の「昆陽社」です。

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○秋葉神社・昆陽神社の石塔群

 10基の石塔があります。そのうち出羽三山供養塔が4基です。

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 左から順に見て行きます。
<供養塔>

 文政三年(1820年)と刻まれた供養塔です。

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<女人講中による石像>

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<子安明神>

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<二十三夜塔>

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<出羽三山供養塔>

 「羽黒山 月山 湯殿山」

 紀念が見当たりませんが、羽黒山から並んでいる順番から推測すると、明治後期〜昭和時代の建立かと思われます。

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<出羽三山供養塔>

 (表)「羽黒山大神 月山大神 湯殿山大神」
 (裏)「昭和廿六年七月廿三日参拝
     同年七月卅一日建之」

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<出羽三山供養塔>

 天保11(1840)年銘の出羽三山供養塔です。
 「月山 湯殿山 羽黒山 供養塔」
 (右の月山は白カビだらけです。左の羽黒山は読めず推定です。)

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<金刀比羅大神>

 明治20年銘の金刀比羅大神です。

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<出羽三山供養塔>

 明治時代の出羽三山供養塔です。
 (明治五壬申年ですかね?)
 「月山 湯殿山 羽黒山」

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<富士浅間大神>

 「富士浅間大神」
 「明治卅六年七月十五日」

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熊野神社 (流山市) 出羽三山供養塔

○熊野神社 流山市思井305

 思井の台地の南の端の森の中に熊野神社があります。


<参道>

 「この先大型車両通り抜けできません」の掲示があります。徒歩、自転車、バイクは通り抜け可能です。自転車がちらほら通り抜けていました。

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<説明板>

「87 熊野神社
中世、八木郷の地名発祥伝説がある神社。祭神は櫛御気野命(くしみけのみこと)。天和元年(1681)再建。境内には、伝説のシイの木のほか、板碑型の阿弥陀如来(あみだにょらい)や十九夜塔(じゅうきゅうやとう)などの石造物がある。」

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<鳥居/社号標>

 鳥居は寛政元(1789)年銘です。

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<手水舎>

 参道左手に手水舎です。手水鉢は安永6(1777)年銘です。

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<庚申塔/馬頭観音>

 手水舎の後に庚申塔と馬頭観音があります。

 弘化5(1848)年銘の庚申塔です。

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 文化15(1818)年銘の馬頭観音です。

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<社殿・本殿>

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【境内右手】

<天神宮・春日宮・稲荷宮>

 延享3(1746)年銘の石祠「天神宮・春日宮・稲荷宮」です。

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<廿三夜塔>

 文政10(1827)年銘の二十三夜塔です。

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<大山阿夫利神社>

 明治42(1909)年銘の「大山阿夫利神社」です。

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<山神宮>

 天明3(1783)年銘の石祠「山神宮」です。

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【境内左手】

 出羽三山供養塔が三基あります。

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<庚申塔>

 天保4(1833)年銘の庚申塔です。右の猿は左手で目を塞ぎながら右手に花を持っています。

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<出羽三山供養塔> 一基目

 寛政5(1793)年銘の出羽三山供養塔です。

 (正面)「月山湯殿山羽黒山 西國秩父坂東」「為現當両益也」
     「天下和順 日月清明」
 (左面)「施主思井村(個人名)」

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<聖徳皇太子>

 安永9(1780)年銘の「聖徳皇太子」です。

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<金毘羅大権現>

 慶應元(1865)年銘の「金毘羅大権現」です。

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<出羽三山供養塔> 二基目

 文政4(1821)年銘の出羽三山供養塔です。
 「月山湯殿山羽黒山 西國秩父坂東 供養塔」

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<光明真言供養塔>

 文政6年銘。1821(文政4(1821)年銘の「光明真言一百萬遍供養塔」です。

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<出羽三山供養塔> 三基目

 寛政12(1800)年銘の出羽三山供養塔です。ロープで固定されています。
 「羽黒山湯殿山月山 西國秩父坂東」「為現當両益也」

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【境内裏】

<三峯神社>

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<天照皇大神宮>

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【境外】

 庚申塔を中心として石塔が並んでいます。

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<板碑三基>

 左の板碑三基です。

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 延宝3(1675)年銘の阿弥陀如来板碑です。

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 延宝3(1675)年銘の十九夜塔板碑です。

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 延宝5(1677)年銘の十九夜塔板碑です。

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<不詳>

 文政11(1828)年銘の石塔です。

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<青面金剛文字塔>

 文化2(1805)年銘の庚申塔です。下に三猿。「思井村講中」

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<庚申文字塔二基>

 文政8(1825)年銘の庚申塔です。

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 文化11(1814)年銘の庚申塔です。

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<庚申文字塔三基>

 安永2(1773)年銘、寛政12(1800)年銘、寛政12(1800)年銘の庚申塔が続きます。

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【青面金剛像四基】

<青面金剛像>

 宝永8(1711)年銘の庚申塔です。

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<青面金剛像>

 正徳4(1714)年銘の庚申塔です。

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<青面金剛像>

 享保3(1718)年銘の庚申塔です。

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<青面金剛像>

 元文3(1738)年銘の庚申塔です。

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八坂神社(鎌ヶ谷市) 出羽三山供養塔群

○八坂神社 鎌ヶ谷市粟野208

 元禄12(1699)年から現在も続く庚申講は、庚申塔群とともに、鎌ケ谷市文化財に指定されています。

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<石造物>

(鎌ケ谷市HPより引用)

「【石造物】 粟野の石塔群  粟野208 (八坂神社境内)他
 元は粟野の市道をはさんで並んでいた石塔のうち、字西側にあった出羽三山講碑8基と歯吹如来像・待道権現碑・聖徳太子講碑は、道路の拡幅にともない、八坂神社へ移設された。字東側には地蔵をはさんで、14基の馬頭観音が今も見られる。その中の安永8年(1779)のものは市内最古である。
 出羽三山講碑は山形県の月山、湯殿山、羽黒山の三山の登拝を記念したもので、出羽三山講は遠隔地の有名社寺や霊山を集落の代表者が参拝することを目的として結成される代参講の一つのである。
 歯吹如来は歯痛を治す信仰があるという。ここの石造物は粟野村の人たちが天保10年(1839)に千田村(現長南町千田)称念寺の歯吹如来像参拝記念に建てたものと思われる。「歯吹」は本来、「把富貴」と書かれるという。
 侍道権現を祀る待道講は子供を産む年齢の女性たちに信仰された安産祈願の女人講である。
 聖徳太子講は大工、左官など主に建築に関る職人たちの結ぶ講で、賃金の協定や職務上の申し合わせなどを行ったものである。」


<出羽三山講碑>

 出羽三山講碑が8基と、拝殿左手に2基の計10基もあります。庚申塔群の横に並ぶ出羽三山講碑群です。

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「羽黒山 月山 湯殿山 参拝記念」
 昭和三十八(1963)年七月

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「羽黒山 月山 湯殿山 参拝記念」
 大正時代の造立。

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「羽黒山 月山 湯殿山 参拝紀念碑」

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「羽黒山 月山 湯殿山 参拝紀念碑」

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「羽黒山 月山 湯殿山 三神社参拝」

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「月山 湯殿山 羽黒山 西國三拾三ヶ所 秩父三拾四ヶ所 奉納供養」
 明治三(1870)年の造立。針金で補強されています。

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「月山 湯殿山 羽黒山 西國三十三所 秩父三十四所 坂東三十三所 奉納供養」
 天保二(1831)年の造立。針金で補強されています。

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「月山 湯殿山 羽黒山 西國三拾三所 秩父三拾四所 坂東三拾三所 奉納供養」
 寛政八(1796)年の造立。

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<歯吹如来像>

 「天保十年十一月」「上総國千田村」
 粟野村の人たちが天保10(1839)年に千田村(現長南町千田)称念寺の歯吹如来像参拝記念に建てたもの。

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<聖徳太子講碑>

 「安政四(1857)年十一月」  折れた補修跡があります。

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<十九夜塔>

 元禄十六(1702)年十月。

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<粟野庚申講・粟野庚申塔群>

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(説明板)
「鎌ケ谷市指定文化財第29号 粟野庚申講 無形民俗文化財
 鎌ケ谷市指定文化財第30号 粟野庚申塔群 有形民俗文化財
 ・指定年月日 平成25年5月1日  所在地 鎌ケ谷粟野208
 粟野は、祭礼やオコモリなど昔から続く民俗的行事が多く残っていて、地域の結びつきの強い地区です。その中でも、庚申講は、形を変えながらも江戸時代から現在まで継承されています。そして、庚申講により、江戸時代前期の元禄12年(1699)から314年間途切れることなく庚申塔が建てられ、しかも、文化12年(1815)から現在までの間(1845年と1850年をのぞく)は、5年おきに1基という規則性を守って建てられています。このことは、全国的にみても珍しい事例です。
 粟野の庚申塔は、現在、八坂神社境内に44基と粟野保育園の北西角の路傍に1基、合計45基建っています。そのうち文化12年以前に建てられた塔は、当時の流行を反映していて、一か所で様々な形態を観察できる資料としても非常に貴重です。
  平成25年7月 鎌ケ谷市教育委員会」

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「庚申塔」

 後列右から。宝暦二(1752)年。

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「庚申板碑」

 元禄十二(1699)年十月。下に三猿が刻まれています。

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「庚申塔」

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「庚申塔」

 享保五(1720)年十月。三面の像です。

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「庚申塔」

 享保二十(1735)年十一月。

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「庚申板碑」

 右の板碑は、明和元(1754)年十一月。左の庚申塔は、寛政十一(1799)年。

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「庚申塔」

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「庚申塔」

 後列左。

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「庚申塔」

 前列の新しいの庚申塔です。

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「庚申塔」

 一番左は、「令和二年十月吉日」。令和2年の最新の庚申塔です。
 右隣は、平成27(2015)年10月造立の庚申塔です。

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<参道小社>

 参道左手と右手の小社です。

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<狛犬>

 「いにしえも 今も変らぬ わがさとの かを里も深き 八坂大神」

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<拝殿>

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<本殿>

 本殿にも狛犬。

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<駒形明神宮>

 「文政庚辰霜月」「平成五年一月復元」
 文政3(1820)年の造立で、平成5(1993)年の復元です。

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<石祠>

 「明和五歳(1768)十二月」

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【拝殿左手】

<力石>

 本殿の横に力石が二つあります。一つには重量と粟野村と刻まれています。

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<出羽三山講碑>

 「参拝昭和十二年五月二日、参拝昭和二十一年八月四日」
 昭和39(1964)年の建立で、昭和12(197)年と昭和21(1946)年の参拝が刻まれています。

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<出羽三山講碑>

 昭和47(1972)年3月建立。

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<天満宮/大杉神社>

 2祠が並んでいます。平成17(2005)年6月再建。

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<浅間神社>

 少々小高くなった場所があり、石碑「浅間神社」があります。

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<石尊社>

 大山詣も行われていたようです。
 「明治二十六(1893)年九月」の造立。

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<不明/三峯神社/古峯神社>

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tag : 出羽三山力石庚申板碑

稲荷木稲荷神社 稲荷木一本松/延命地蔵尊

○稲荷木稲荷神社 市川市稲荷木3-6-13

 稲荷木(とうかぎ)稲荷神社は、稲荷木の鎮守社として寛永12(1635)年に創建されました。

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<出羽三山供養塔>

 稲荷木稲荷神社に出羽三山供養塔が二基あります。

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「國幣中社出羽神社 官幣大社月山神社 國幣中社湯殿山神社」

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「出羽大神 月山大神 湯殿山大神」

 大正15年の奉納です。

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<天満宮>

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<御歳大神>

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<三祠>

 石祠が3つ並んでいます。
 左から順に「疱瘡神」「疱瘡神」「水神宮」

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○稲荷木一本松/延命地蔵尊 市川市稲荷木3-22

 京葉道路高架下の脇、一本松バス停の後ろに「稲荷木一本松/延命地蔵尊」があります。

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<一本松跡>

 松の根元があります。

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(説明板)
「稲荷木(とうかぎ)一本松
 むかし、行徳から市川に向かうには、今日の行徳橋あたりから稲荷木の雙林寺前を通り、稲荷神社からこの地に出て、江戸川沿いに大和田・大洲・市川南を経て国道十四号線(時代によって上総道・佐倉道・千葉街道とも呼ばれた。)に出、市川に至ったものです。
 伝えによると、慶長年間(一五九六〜一六一五)、伊奈備前守忠次が徳川家康の命によって、上総道の改修にあたったさい、新たに八幡と行徳を結ぶ八幡新道をつくって、その分岐点に松を植えたのが、この『一本松』の由来ということです。
 この松も京葉道路ができると、排気ガスの影響などによって枯死を早め、昭和四十八年に伐採されました。(伐採時の樹齢約百八十年)
  昭和五十五年六月二十日  市川市教育委員会」

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(碑文)
「延命地蔵之由来
 この地蔵尊は享保十二年(一七二七年)祖先椎名茂右衛門が千葉街道(国道十四号)と行徳街道の交わる八幡の四つ角に道標としてまた通行の安全と辻斬り・追い剥ぎ等の災難にあわれた人達の供養のため建立したものという。
 昭和六年国道の拡幅工事のため心ある地元の方々により道向こうの南側に移し爾来人々の諸願の守護地蔵として信仰され今日に至ったがこのたび都営地下鉄十号線の千葉県乗り入れに伴ない駅入口の予定地となったのでやむなく奉納者の地元稲荷木に移転することとなり此所の「一本松」の地に安置するに至ったものである。
 吾在今日無事感謝祖先残後世此由来建立本碑
  昭和六十年七月十五日  稲荷木自治会長 椎名 茂」

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<稲荷木の延命地蔵尊道標>

 2度の移設を経て現在地に遷座。台石が道標となっています。享保12(1727)年の造立。

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<稲荷木の庚申塔道標>

 移設の庚申塔道標です。正徳3(1713)年の造立。
 右面「これより右 やわたとうり 正徳三癸巳歳」
 左面「これより左 市川国分寺みち」

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<馬頭観音>

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<燈籠と石碑>

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tag : 出羽三山関東郡代

仙元宮(出羽三山供養塔)/国分山国分寺

○仙元宮 市川市国分3-19-6

 弘法寺から国分寺へ向かう道の途中に「仙元宮」があります。

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<出羽三山供養塔>

 鳥居の手前左手に出羽三山供養塔があります。
 「月山 湯殿山 羽黒山 供養塔」(供から下は埋まっているので推定)
 文政12(1829)年の造立です。

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○国分山国分寺 市川市国分3-20-1

 仙元宮で出羽三山供養塔を見たついでに、国分寺に寄りました。

<江戸名所図会 国分寺>

 江戸名所図会に描かれている国分寺です。

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<史跡 下総国国分僧寺跡>

(説明板)
「史跡 下総国国分僧寺跡  指定 昭和四十二年十二月二十七日
 天平十三年(七四一)春、聖武天皇は全国に国分寺建立の詔を発し、一国一寺の建立を指令されました。
 下総国では、市川に国府がありましたので、ここに国分寺が建立されたのです。その建立年代ははっきりしませんが、奈良時代であることは確実です。
 国分僧寺は過去数回の火災をうけて当時のおもかげはありませんが、発掘調査の結果、法隆寺様式の伽藍配置をもつ金堂・講堂・塔の遺構が発見されています。
  昭和四十八年三月 市川市教育委員会」

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<南大門>

 扁額は「金光明四天王護国之寺」。

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(説明板)
「國分山國分寺南大門
 國分寺は天平十三年(七四一)の詔勅に「僧寺は寺名を金光明四天王護国之寺と為す」とあり、中古より明治二十二年 寺名改称まで当寺は國分山金光明寺と称し、現在は國分山國分寺と呼称す。
 当山の南大門は天平創建当初は、現在位置より凡そ南方約二十米 西方約七米の位置に建立されたものと推定される。(法隆寺式の伽藍配置のため)幾度かの火災に依り或る時代に現在の位置に移建されたものである。明治焼失の山門は宝暦年間勝快法印の代に建立されたもので、江戸名所図会や古老の言に依ると楼門造の立派な山門であったことが判る。此の門は明治二十四年十一月の火難に焼失し、この時山門内に安置された仁王尊の阿形像は火中より救出され、吽形像は焼失す。
 昭和四十九年大佛師法橋松久明琳氏に依り阿形像は復元補修、吽形像は復元造像されたので、これを安置するため山門焼失後八十七年目に今回檀徒一同の浄財に依って國分山國分寺南大門として再建されたものである。
(以下略)
昭和五十三年七月  國分山國分寺」

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<下総国分寺創建伽藍基垣配置図(昭和六十二年七月国分寺)>

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<塔の礎石>

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<国分山開創一千二百年 記念碑>

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<鐘楼>

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<石像>

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<六地蔵燈籠>

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<本堂>

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<毘沙門天>

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<三人地蔵>

 大正2(1913)年、遠足の小学生が江戸川の渡し船の転覆事故で3人亡くなり、それを供養するための地蔵です。里見公園からの移設です。

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tag : 出羽三山江戸名所図会史跡

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